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閉鎖的な二人

「あなたが気になってたんです。」
そう言って悲しげに微笑んだ男の顔を、俺は初めて正面からちゃんと見た。
きれいな顔だと思った。

その男は黒崎という最近アパートの隣の部屋に引っ越してきた男だ。
会うのは時々玄関先ですれ違う程度。
背が高いが地味で、「変なポケットの男」というイメージしかない。
見るといつもコートのポケットが片方だけ妙に膨らんでいるからだ。

今日自分の郵便受けの中に宛先が隣の部屋番号の分厚い封筒が混ざっていた。
黒崎、という名前もそこで初めて知った。
それを彼の郵便受けに適当に押し込もうとしたところにたまたま本人が帰ってきたのだ。
さすがに会釈だけで立ち去るのはばつが悪かったので、
イヤホンで聞いていたiPodを止めて話しかけた。
「すみません、手紙が俺のところに混ざってて」
「ああ、そうでしたか。ありがとうございます」
そう言って黒崎が礼を述べたので、じゃあ、とさっさと逃げようとしたのに呼び止められた。
「お話するの初めてですよね、ご挨拶が遅れてすみません。」
「いえ。お気になさらず」
「いや実はいつもお見かけする度に声かけようかと思ってたんですよ。でも、」
黒崎は言い淀んだ。
「…なんですか?」
正直人と、ましてほとんど初対面の人間と話すのは苦手なのだが、とりあえず先を促す。
「…いつもイヤホンしてらっしゃるから。」

今までこんなに恥ずかしかったことはない。
どう答えろと言うのだ。
「いつもイヤホンしててごめんなさい」と謝るのか?
イヤホンをすることで他人から話しかけられないように、
周りの音を聞かないように外界を遮断している自覚があった。
だからこそそのことを指摘されてひどく恥ずかしかったのだ。

無言になった俺を見て黒崎は焦る。
「いや、あの、えっと、僕もおんなじなので!」
「…おんなじ?」
困りきった顔をした黒崎が例の膨らんだポケットに手を突っ込む。
「おんなじです…」
出てきたのは文庫本だった。
「小さい頃僕も、読んで集中してるフリすれば
話しかけられなくて良いからって理由で…本をいつも…」
今もお守りみたいに、と笑って、黒崎は俺を見る。
「だから、あなたがそうしてる理由、なんとなくわかって。
…あなたが気になってたんです。」
「え?」
唐突な言葉に驚く。

「…え?あ、あれ?今僕どこまで言っちゃいました?!」

…どう答えろと言うのだ。