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恋のライバル同士だったのに

>>849
「なあ、聞けよって」
「だから聞いてんじゃん、そんで」
見るともなく眺めているだけの雑誌から視線を上げずに答えると、○○はめげた様子もなく再び口を開いた。
窓の外では重く垂れこめた雲が日の光を遮って、辺り一面に夜の気配が漂っている。
凍った天から吹き降ろす寒風がフローリングの床に滲み渡っている所為で何時まで経ってもヒーターの電源を落とせない。
最後に頭痛薬を飲んで何時間になるだろうか。
痛み出した米神に手をやりながらローテーブルに置いた目覚まし時計を横目に見た。

「マジうけるよな、ホント訳分かんねー」
「…お前ホント、最近アイツの話ばっかりね」
「はは、妬いてんの」

妬いてんだよ、と勢いそう返しかけて、すっかり冷えたコーヒーと共に言葉を飲み込む。
人の気も知らずに全く能天気なものだ。
呆れて出た溜息をどう解釈したのか、したり顔で笑みを向けた○○のあからさまなからかいの目を振り切るように重い腰を上げ、玄関へと足を向けつつ捨て台詞のように投げかけた。

「晩飯食ってくんだろ、金出せよ」
「え?金取るなんて聞いてねーよ」
「今言いました。作るのメンドいからピザでも取ろうぜ」

放りっ放しの鞄の中から財布と薬と、それに煙草を摘み上げて換気扇のスイッチを押す。
ほとんど喫煙所と化しているミニキッチンは、本来の目的のために使った形跡など欠片もなく小ざっぱりとして綺麗なものだ。
シンクの縁に手を突いて項垂れ、煙を巻き取りごうごうと回るプロペラの音に耳を澄ます。

「火貸して」

いつの間にか寄って来ていた○○に半身を向けて立てば、ただでさえスペースに余裕のない台所が更に狭くなった。
向こうの火口が赤く光ると忽ち独特の甘い匂いがこちらの鼻先にまで纏わりつく。

「でさ、●●アイツ昨日もさ」
「だーからさ、その話はもう聞き飽きてんの、しんどいんだよ、言わすなこんなの。何が悲しくて野郎の口から男の話ばっか…」

くゆらす煙に乗せて、いっそ無邪気に再々口火を切った相手を咎めるがごとく反射的に出た声。
取り繕うよう継いだ台詞の早口に零れていく様が、むしろ自らの思惑を裏切る風に響いてはいないか。

ふと胸に募った気まずい思いで俺の舌が鈍るのもお構いなしに、言葉尻を踏み躙って○○が次に放ったのは予想だにしない一撃だった。

「抱いてやったら顔真っ赤にして、それ隠しながら声堪えてたよ。すげー可愛かった」
「は?」
「だから、お前が聞きたかったのってそーいう話だろ」
「え」
「好きなんだろ、●●の事。そーいう意味で」

あまりの衝撃に取り落とした煙草がガス台へと転がった。
拾おうと伸ばした手を制して指先を掴まれる。
弾かれたように上げた顔の、すぐ鼻の先で○○が喜色を浮かべ人の目の色を窺っているのを見ると余計混乱が渦を巻いて、頭がどうにかなりそうだ。
奴が缶の口に煙草を押し込んだのと同時、指を握るもう一方の手に力が込められた。
表情は変わらないのに、それはまるで言い逃れや誤魔化しや、反論さえ許さないとでも言うように固く強く。

呑まれてしまって身動きすらままならない自分が情けなくなる。

「好きなんだろ、知ってたよ。お前ヘンなとこで分かり易いんだもんな」
「意味分かんね…、冗談キツいわ、つーか近いって」
「あんなお人好し、押せば簡単に行けたのにモタモタしてっから、そのクセ焼き餅やいたりしてさ。女々しいよお前。ま、そんなところが好きなんだけど」

話の展開に思考が追い付かず押し黙った俺を置き去りにして、○○は饒舌に言葉を続けた。

「お前の事ずっと見てたんだ。けど、そんな顔見んの初めてだね。やっぱそそるわ、うん、好きだよ」

鼻先で撒き散らされる煙たく甘ったるい匂いに吐き気がする。けれど間髪なく噛み付くようなキスを注がれて、抵抗する気力など俺にはなかった。