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強くてニューゲーム

やり直しているんです。
彼と何の障害も無く一緒に居られるために。

僕は平民の出で、彼は良家の次男坊です。
身分差など気にせず、彼は対等に接してくれました。僕を見下したりしなかった。
僕の描いた絵を彼が褒めてくれて、屋敷に招いてくれたのが交流のきっかけです。
僕らは最初は良い友人になり、僕は彼の元へよく通うようになりました。
そしてじきに友情を越えて愛し合うようになったのです。
そのことはバレませんでしたが、彼の両親は、友人としての僕すら認めてくれませんでした。
無学な貧乏絵描きなど、友人に相応しくないと交友を阻まれたのです。
出自を考えれば当然のことだったのかもしれません。
しかし僕は諦められなかった。彼を説得し、僕らは逃げた。
ところが優しい彼は、捨ててきてしまった家族のことをずっと気にしていて、何度も連絡を取ろうとした。
その度に僕は説得していたけれど、そのうち彼は気に病むあまり、本物の病に倒れてしまったのです。
来世で会おうという僕への言葉と、家族の謝罪の言葉を口にして、彼は逃亡先で息を引き取りました。
僕は泣きました。同時に、どうしようもなく悔しかった。
来世だなんて、そんなもの。会えるかどうかわからないじゃないですか。
僕は嫌だった。僕は今生で彼と結ばれたかった。堂々と彼の隣に居たかった。
だから、やり直した。

彼の両親に見下されないように、僕は必死で勉強しました。
絵で稼いだ金はすべて本へとつぎ込みました。彼に釣り合う教養を手にしたかった。
ところがやはり反対されたのです。今度は家柄が釣り合わぬと言われました。
しかも、彼が席を外しているときに、ひどく高圧的に。
息子は将来この家を背負う人間なのだ、君のような者と付き合っていると堕落すると。
なんて馬鹿馬鹿しい人達なんだろうと思いました。あんな人達と彼とが血が繋がっているなんて。
あのときの悔しさが腹の底で蘇りました。僕は我慢できなかった。
その頃はすでに、僕と彼の関係は深くなっていました。
彼が僕の部屋で眠っているときを見計らって僕は彼の屋敷へ向かい、火を放ちました。
これで邪魔者は居なくなると僕は安堵していました。
ところが、計算外のことが起こった。
夜が明けぬ内に彼が目を覚まし、僕が居ないのを不審に思い、家の方へ戻ってきてしまったのです。
燃え盛る家を見て半狂乱になった彼は、僕の制止も聞かず家に飛び込んだ。
そして炎に包まれて、彼は焼け死んだ。
僕は心から後悔した。それこそ死ぬほどに。
だから、やり直した。

今度は彼に出会うずっとずっと前から、僕は準備しました。
慣れない媚を売って愛想笑いを浮かべて金持ち連中に取り入って、とある家の養子に収まりました。
屈辱的なこともありました。我慢も沢山しました。好きな絵を描く時間もなかった。
でも彼と共に居られない辛さに比べれば、なんということもありませんでした。
これで平民だと馬鹿にされることはなくなったのだから。
そして進学させて貰い、僕は彼に再び会うことができた。
それはこれまでの出会いとは違ったけれど、彼は彼のままでした。僕の愛する彼でした。
すぐに僕と彼は良い友人になった。今度は彼の両親も何も言いません。
僕は嬉しかった。してきた事がようやく報われたのだと。
ところが、また計算外のことが起こった。いや、起こっていた。
彼に、許婚が居たのです。そんなもの僕は知らなかった。
『過去』にそんな女性などいなかった。
しかし『今』はそれが現実でした。
僕が彼に釣り合うよう必死に努力していた陰で、彼は僕ではないひとを好きになっていたのです。
信じられなかった。
何も変わらない筈なのに、不都合な現実を変えたきただけの筈なのに、変わってしまっていた。
絶望する僕には気付かないようで、彼は僕に笑いかけました。
「うちに来て絵を描いてくれないか」と。よりにもよって、彼と許婚の二人の絵を。
そのときどんな顔をしてどんな返事をしたのかはよく覚えていません。
ただ、家を訪ねる約束をして、一旦帰宅して、僕は絵筆の代わりに、ナイフを握りました。

僕はやり直しているんです。
彼を愛しています。彼も僕を愛してくれています。
彼の隣に居るためにやり直しているのに、どうしてこんな風になってしまうのだろう。
今度こそ、今度こそ、上手くやらないと。
あの、僕は死刑になるんですよね?二人も殺してしまったのだから、そうなりますよね?
捕まるなんて、これも計算外だった。
時間が勿体無い。早く死刑にしてください。僕は、早くやり直さなければならないのです。



「馬鹿だな、君は」
私は目の前の男に言葉を投げたが、彼の瞳は虚ろでこちらの言葉は届いていないようだ。
言いたいことをただ一方的に喋るだけ喋って、あとは薄く笑みを浮かべているだけ。
彼の言を信じるのなら、またやり直すことができると確信しているからだろう。
「君は一刻も早く死にたいようだが、今の君は神経衰弱だと診断されている。
 よって死刑にはならない。『今回の』君は、残りの一生を病院の中で暮らしていくことになる」
勿論、死は平等だからこの男にもいつか訪れるだろう。しかし、それは彼の望む時期ではない。
彼にとって辛い事実を突き付けているも同然の筈だが、やはり彼からの反応は無い。
しかし私は構わず彼に語りかける。
「まったく、君の執念には呆れを通り越して感心するよ。それは君の美点でもあると思うが、同時に欠点でもある。
 先程も言ったが、君は馬鹿だ。美点を美点として制御できれば、いくらでも幸せになれるだろうに」
一つのことに目標を定めると、周りが見えなくなる性質なのだろう。
しかし見えなくなるにしても限度がある。
「今にして思えば、駆け落ち程度で驚いていたのは浅はかだったよ」
私は少し前屈みになって、男の瞳を覗き込む。
「邪魔な家族を殺そうとしたところまでは、理解したくもないが理解しよう。
 しかし、まさか弟本人にまで手にかけるとは思わなかった。婚約者諸共とは言え、ね」
「おとうと……?」
男はぼんやりとそう呟き、不思議そうに首を傾げた。
もしや会話が成り立つかと期待して続く反応を待ったが、またすぐに彼の瞳は虚空へ戻ってしまう。
私はため息をつき、背もたれに凭れ掛かった。
「私の話を簡潔にしてあげよう。
 一度目、私は君達を追って愚かにもこの身体で屋敷の外に一人出て事故に遭った。
 二度目、君の放った火にまかれて逃げられないまま焼け死んだ。
 三度目、弟に君を屋敷に招くように頼んだ。『一応の用心で』、警備員と医者を手配した。
 それからこれは私の希望が混じった推測だ。
 一度目、弟は君の目を盗んで一度だけ実家へと連絡を取り、私の死の経緯を知った。
 二度目、私の身を案じ、弟は自分の危険も省みず私を助けに向かおうとした」
目を細めて彼を見据える。
恐らく、弟を失ったと同時にこの男は死を選んだ筈だ。
ならばもし、彼が自殺を選ばず――選ぶことができず、このまま無様に生き長らえたら。
考えているとふと背後でノックの音がして、ドアが開く気配がした。
「お時間です」
聞こえてきた事務的な声に、私は振り向かずに頷く。
「ああ、結構だ。行こう」
静かな足音が背後まで迫り、失礼しますとの声と共に、私の車椅子はゆっくりと方向転換する。
私は最後にもう一度男の方を見やり声を投げる。
「また来るよ。次はカンバスと絵の具を持って。実は、私は君の描く絵画のファンなんだ」
反応は無い。
私は笑みを浮かべた。視界の隅で迎えの男が僅かに眉を顰めたが、何も言わなかった。

真っ白な部屋を退室し、無機質な廊下を進みながら私は問いかける。
「弟達の容態はどうかな?」
「はい。依然、意識は戻られておりませんが、峠は越えたと先ほど連絡が」
「それは良かった。落ち着いたら花を持って見舞いに行こう。
 しかしまずは、先方への根回しが優先だな。あとは父さんと母さんにも適当な説明が必要か」
あまりご無理をなさりませんように、という言葉が降ってくる。私は鷹揚に頷いてみせた。
わかっている。
わかっているが、逸る気持ちを抑えるのは難しいのだ。
今度こそ、私は何をも失うわけにはいかないのだから。