あいみての のちのこころに くらぶれば

規制にひっかかってダメでした。700さんじゃありません。

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百人一首漫画にのせられて、競技カルタをはじめてみた。
やってみたら面白くなってしまって、俺は才能もあったみたいで
トントン拍子に勝てるようになってしまった。
運動神経もいいし、耳もいいし、勘もいい。地元では敵なしだった。
あまりにもちょろかったから俺は天狗になっていたんだろう。先輩から軽く戒められた。
「お前は確かに強い。でも、もっと強い人はたくさんいるぞ」
そりゃあいるのだろうけれど、そうですねと流していた。

ある日、お前の競技スタイルと違うから参考になるだろうと、先輩がDVDを持ってきてくれた。
テレビ出演してる時点で相当うまい人なんだろうとは思っていた。
だが、予想よりも強かった。本当に強かった。
こんな札の取り方があるんだ、守り方があるんだと、驚いた。
しばらく声も出なくて、やっと出た一声は
「この人と対戦するにはどうしたらいいんですか?」だった。
「お前、名人戦に出るつもりなのか」と先輩に笑われた。
その頃の俺は、名人戦にはどうやったら出られるのかも知らなかった。

彼とはじめて対戦するのは、それほどかからなかった。
別に俺が名人戦に出られるようになったわけじゃなく、
彼が地元に招待されて記念試合を若手としてくれたからだ。
あっさりと俺が負けた。彼は礼をしてニッコリしながらさっさと席をたってしまった。
俺はこんなに弱かったんだと茫然自失だった。

それ以降の俺は人が変わったように練習の虫になってしまった。
地元では練習相手が見つからず、カルタの為に引っ越していた。
もう一度、彼と戦いたくて。
もう一度、彼に逢いたくて。

『「逢ひ見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思はざりけり」
恋しい人と逢瀬を遂げてみた後の恋しい思いに比べれば、昔の恋心などなかったようなものです―――』

女とやったら忘れられなくなりましたなんて、エロ思考な歌だと思っていたけれど、
それぐらい夢中になれる人に会ってしまったんだな。

数年たち、俺の目の前には彼がいる。
「よくここまでこれたね」
「頑張ったんで」
「思ったより遅かった」
今までの、冗談ではない本当に血のにじむような努力が頭の中を駆け巡り、
カチンときた俺はふてくされながら
「はあ?そうですか? 俺は思ったより早かったですけど」というと
「僕が年をとってから来れられても、卑怯だよ」と彼はさらりと答える。
そのくらいのハンデをくれたっていいじゃねえかと俺は心の中で毒づいた。
「じゃあ、よろしく」
「よろしくお願いします」
礼をして、俺は耳を澄ませた。
あとは、札を読む音と、畳のなる音だけが響いた。


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最終更新:2013年08月03日 00:15