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どうもこんばんは、僕です。

「ただいま」
誰もいないことがわかっていても、何も返ってこないことがわかっていても、帰宅して開口一番に「ただいま」と言ってしまう。実家を出て16年、34歳になった今でも。
物心ついたころから数えてしまえば、もう人生の半分以上は一人で暮らしていることになる。抜けきらない習性だ。
ガサガサとコンビニの袋を揺らしながらリビングへ向かうと、こんばんは、と声がした。
廊下とリビングとを仕切るドアを盾にして少し身構えたところで、それが今留守電にかかってきている声なのだと気がついた。
こんな時間にかけてくるのは添田ぐらいのものだ。
先週からずっと、彼からの電話に出ていない。
そんな気がしないからだ。
出てしまえば冷めかけた気持ちへの後ろめたさに沈黙してしまいそうで、それを破る代わりに意味もなく別れを切り出してしまいそうで。
福井は電話を取らずにいた。今夜も。
廊下に立ち尽くしたまま、リビングの明かりもつけずに添田が口にするメッセージに耳を澄ました。
いつもと同じ。退屈で平和で、面白味のない話ばかり。
はじまりは決まっている、少し緊張気味な「どうもこんばんは、僕です」という挨拶。先ほど耳に入ってきたのはそれだろう。
昼に食った蕎麦屋がどうの、同僚の嫁さんがどうのと、何ひとつ有益でない話をする
福井を責める言葉もなく、わがまま一つ言うこともなく。
「会いたいとかなんとか、ねーのかよ。馬鹿野郎とか」
福井は、添田が出会った猫の話を聞きながら台所へ向かった。帰りに寄ったコンビニで、ふと気が向いてアイスクリームを買ったことを思い出したからだ。
リビングの明かりをつけ鞄をソファの脇に置く。
気付くと電話から添田の声は聞こえなくなっていた。
気にせず買ったものを冷蔵庫へ入れていく。
弁当を温めなおそうとレンジに入れたところで、また添田の声がした。
「ねぇ」という声を聞き、まだ電話が切れていなかったことを知る。
カウンターに置かれた子機の画面に緑の明かりがついている。流星群がどうのと言っているのが聞こえた。
ソエダと表示された画面に、知らず手が伸びる。
耳にあて「もしもし」と発する。小さく戸惑う声が聞こえてきた。
「添田、久しぶり。元気か?…悪いな電話。……あのさ、俺今日アイス買ったよ、お前が、一昨日ぐらいに電話で言ってた」
構わず話してみるが、反応がない。
「添田?」
「え?あ、うん。…どうもこんばんは、僕です」
照れた声に気が緩む。
「知ってるよ。で、流星群がなんだって?」
「いやいいよ、君のアイスの話が聞きたい」