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離れてしまった幼馴染み

今時、文通なんて流行らない事をやってる奴はそうはいないだろう。しかも男同士で。
チヒロからの手紙は、教科書のような綺麗な文字と丁寧で上品な文体。まるで小説のようだといつも思う。
それに比べて俺は、小学生が夏休みに無理矢理書かされされる日記のようにお粗末だった。
友達と買い物に行っただの、サッカーの試合に勝っただの。
そんな意味のない近況報告のようなやりとりを、もう十年近くも海をまたいで続けているから驚きだ。
そう、彼はずっと日本に住んでいて……俺は今、ドイツで暮らしていた。

『いつか絶対に、君に会いに行くよ。』

チヒロの手紙の最後にはいつもその一文が書いてあったけれど、一年前ほどからソレが無くなっていた。
俺は内心ほっとしていた。チヒロがやっと、俺に会うことを諦めてくれたのだと思っていた。
だが、実際は全くの逆だった。

『来月からドイツに留学することが決まった。』

いつもより少し乱れたチヒロの字で、ハッキリとそう書いてあった。
しかも、俺の家のすぐ近くにある大学に来るらしい。
「嘘だろ…」
俺は手紙をぐしゃりと潰したくなるのを必死でこらえて、それから、おもいっきり深呼吸をした。

覚悟を、決めろ。

写真のやりとりをしたことはなかったが、チヒロは俺の想像した通りの容姿をした青年だった。
線が細くて整った顔立ち、風なびくその髪は触ったら気持ちよさそうな、少しクセのある黒い髪。
目線は俺と同じくらいだったが、何も運動をしていないせいか、俺よりずっと小柄に見えた。
こっちに気づいていないようだったので、手紙に同封されていた日本の仏像のポストカードを目印変わりにひらひらと振る。

「………君は、誰だ……?」

それが、初めて聞くチヒロの声。
驚きに見開かれているこの目が、初めて見るチヒロの目。

「あ、あの…タケルのお知り合いの方ですか?」
「はい。こっち、着いて来て下さい。タケルに会わせます。」
怪訝そうな顔をするチヒロから目をそらして、俺は目的地へと足早に進む。


そうして着いた場所は、町外れにある小さな墓場の中の小さな墓石。

「う……そだ…ッ!こんな…、嘘……」

そこにドイツ語で書かれているタケルのフルネームを目にして、チヒロは泣き崩れた。
何度もタケルの名を呼びすすり泣く彼の姿を、俺はじっと見つめることしか出来ない。

涙も枯れ、落ち着きを取り戻したチヒロが絞りだすような声を出す。
「……タケルは、いつ……」
「五年前に……ずっと病気だったんです。学校にも通っていませんでした。」
「そん、な…!だって、学校のサッカー部で、キャプテンだったって…」
「それは、俺です。タケルが、あんたを心配させないように…俺のことを、自分のことのように書いてました。」

俺とタケルが出会ったのは、タケルが日本に来てすぐの頃。

日本人とドイツ人のハーフで、親からどちらの言葉も覚えさせられていた俺にとって、タケルは初めて『日本語』で会話が出来る友達で、まだドイツ語を話せなかったタケルにとっては唯一の言葉が通じる友達だった。
タケルから日本に住んでいた幼馴染の文通相手のことはよく聞かされていたし、手紙も見せてもらっていた。
俺やタケルと同い年とは思えないほど綺麗な字と文。その手紙を読むのが好きだった。
だが、タケルは中学に入って間もなく、治る見込みがたたないほどの重い病気にかかって入院生活を送ることになった。
それをチヒロには知らせたくなかったタケルは、ほぼ毎日病室に訪れる俺から聞いた話を自分の事のように書き綴った手紙をチヒロに送っていた。

そして、タケルは死んだ。

『チヒロには俺が生きていることにして欲しい』
そんなタケルの願いを俺が聞き入れ、それから彼の代筆をすることになった。
ノートからタケルの字を真似て、過去に見せてもらったチヒロ宛の手紙を思い浮かべながら。

「どうして……ッ!病気だったなんて知っていたら、すぐにでも会いに行ったのに!」
「貴方に悲しい想いはさせたくないと言っていました。貴方が、好き……だったんだと…思います。」
「……タケル…」
枯れるほど泣きはらして真っ赤になったチヒロの目から、再び涙が一筋流れた。

チヒロの震える肩を抱きしめてやりたいと思った。
だけど、そんなこと、出来ない。俺にそんな資格は無い。
ずっとチヒロを騙し続けていた。
本当はもっと早く言うべきだったんだ。そうしたらチヒロだって留学までして来なかったかもしれない。
いつかはバレてしまう嘘をつき続けた理由なんて、ただひとつ。

ただ俺が、チヒロと繋がっていたかっただけだ。

タケルのふりをして彼との文通をしているうちに、チヒロに対する感情は変化していった。
昔はただ憧れ、タケルの死後は罪悪感を抱いていた。
だが、俺をタケルだと思い込み、丁寧な中に多くの愛情を含んだ彼の手紙を何度も読み返すうちに、俺は……

俺のことなんて知りもしない相手に、恋心を抱いてしまっていた。

俺は救いようもない馬鹿で、裏切り者だ。

溢れてくる涙は、チヒロがタケルを想って泣いた綺麗な涙ではなく、
ただただ自分を哀れんで流れる身勝手な涙。

ごめん、タケル。
ごめん、チヒロ。

俺は、やっぱり卑怯なんだ―――


「あ、あの…大丈夫ですか…?」

自分だって辛いはずなのに、心配そうに俺の顔を覗きこんでくるチヒロを、俺は強く強く抱きしめた。
今だけでいい、今だけは、許して欲しい。
心の中のタケルに謝り続けながら、俺はチヒロの温もりに触れていた。