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無口×カタコト

俺が、この国に連れてこられたのは、三年くらい前。
早い話、その時に俺の故郷は戦争に負け、俺は何も分からないまま、気づいた時には奴隷として売られていた。
後で聞いたら、胸くそ悪い事に、性奴隷として売られていたそうだ。
んで、なんだかんだあって俺は、でっかいお屋敷の一使用人として、恐ろしいほど無口な主に仕えている。

主は彫りが深く、震えがくるほどの整った顔立ちなのだが、無口に加え、常にへの字口で眉間に寄った深いしわが、人相をかなり悪くさせていて勿体無い。
しかも、街中で子供に怖がられるたび、主の背中があんまりにもしょんぼりしているから、俺は、なけなしの頭を使って
「ダイジョブ、デス」
と、たどたどしい言葉で慰める事しか出来なかった。

ある日、若干手を抜きながら屋敷の窓拭きをしていると、神妙な顔つきの主が俺に近づいてきた。
手抜いてたのがバレたかな、とか考えていると、物凄いバリトンボイスで
「来い」
と言った。
初めてまともに主の声を聞いたが、無口でいるのが勿体無く思うほど、というか、俺の声と変えて欲しいと思いたくなる美声だ。
そんな衝撃でしばらく呆然としていたら、いつまでも動かない俺に焦れたのか、通常の倍の深さで眉間のシワを刻んだ。
機嫌悪そうだ、と空気を読んだ俺は
「チョト、マッテ…クダサイ」
と何とか伝え、手に持っていたぼろ雑巾を、バケツの中に放り込んだ。

呼ばれたのは、何故か主の書斎だった。
そこには、俺には到底読めないような分厚い本があちこちに山を作り、くしゃくしゃに丸められた紙切れが、床に大量に放られていた。
掃除させようっていうのか、と思い、丸められた紙の一つを拾おうとすると、俺の手の上に、主の大きな手が重なった。
驚いて顔をあげると、思いのほか主の顔が近くにあり、反射的に体を引く。
だが、なぜか主は俺の腕を引き、気がつけば主に抱きしめられてしまった。
『な、んで』
思わず、母国語で呟くと、俺の耳元に主が口を寄せてきた。
その感触が、かなりくすぐったくて体をよじると、主は何かを迷いながら、こう言った。

『お前が、好きだ』

その一言で、俺はもう、この主から一生離れられない事を悟った。

「わたし、も…です」

めったに使わない、それでいて俺が唯一流暢に言える言葉が涙混じりで格好悪くなったことが、かなり悔しかった。