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かみさまに出会った夏

まだ俺が夢見がちなガキだった頃、祖父母の住む田舎で「かみさま」に出会った。

「おや、初めて見る顔だね。他所の子かな?」
人気のない浜辺でぼんやりと潮風に当たっていると、不意に話しかけられた。
強烈な日差しの下にあっても、透き通るように白い肌。スラリとした身体に、海と同じ色の着物。
そして、中性的で整った顔立ち。
その人のあらゆる面で現実離れした出で立ちと、田舎という非日常空間にいることの興奮とが
ないまぜになったせいだろうか、俺は一目で信じ込んでいた。
「あんた、神様ってやつだろ?」
思わず口にしていた問い掛けに、その人は一瞬面食らったような顔をしたあと、
「そう見えた?」
そう言って、悪戯っ子のように微笑んでみせた。

それから毎日、朝から浜辺に駆けていった。その人はいつもそこにいて、日が暮れるまで二人で過ごした。
ある時は海や山を探検し、ある時は古いお堂で宿題を見てもらい、ある時はただ話していた。
彼は俺の普段の話を聞きたがる割には、自分のことは殆ど語らなかった。
でも、俺はその人を神様だと信じていたから、人間には話せない事情があるのだろうと大して気にしなかった。
やけに年寄りじみた横顔で遠くを見つめていると思えば、俺の他愛も無い話に子供みたいに笑い転げる。
そのギャップがまた、彼がこの世ならざるものである証のように思えて、
俺はますますその人に惹かれていった――いや、この場合「崇拝していた」とでも言うべきか。

街へ戻る前の日の夜、こっそり祖父母の家を抜けだした。
彼との別れがこれほど名残惜しくなるとは、自分でも思っていなかった。
「どうしたの、こんな時間に」
いつもの浜辺に、その人はいた。
月光に照らされた肌が白く輝いていて、いつも以上に神秘的な姿だと感じた。
「もう夏も終わりだねえ。明日帰るんでしょ? 向こうでも元気でいてね」
黙ったままの俺に、その人は月を見上げながらそれだけ言った。
その口ぶりがひどく素っ気無く思えて、頭に血が上った。
「嫌だ! 帰りたくない! ずっとここにいる!」
気がつくと、俺は彼に掴みかかっていた。
「落ち着いて、もうそんな駄々をこねる歳でもないでしょう」
宥めるように言われると、子供扱いされた気がして、ますます気持ちが高ぶった。
「だって! 俺あんたと離れたくない! あんたといてすっごく楽しかったんだ!
 あんたにとっちゃただの人間のガキかもしんねーけど! 俺、あんたのこと――」
「じゃあ」
半ば泣き叫んでいた俺を遮るように、冴え冴えとした声がした。
その人が、月を背負って俺を見据えていた。
「このまま神隠しに遭ってもいいの? 君をこのまま海の底まで連れていっても、構わないの?」
初めて聞く、昏く冷たい声。でも、恐怖を上回る感情が、俺にはあった。
「いいよ。あんたが行きたい所どこでも、俺を攫ってってよ」
彼はしばらく微動だにしなかった。そして、
「僕はどこへも行けないんだよ……ごめんね、僕は神様なんかじゃないんだ」
抱きすくめられた腕の中で聞こえた声には、涙が混じっている気がした。

その後、俺はその人の手で家族に引き渡された。
両親に頭を下げるその人を見て、彼が神様でも何でもない只の少年だったことをなんとなく悟った。
街へ帰ってから、その人があの一帯では有名な旧家の「わけありの」息子だと知った。
綺麗な夢のなかに突然押し入ってきた俗っぽい現実に、勝手に彼に裏切られた気分になった。
そして、あの夏のことは忘れてしまおうと思った。
でも、月日が流れ、あの時の彼より背が高くなっても、思い出は色褪せるどころか、ますます鮮明になっていった。
やがて俺は気づいた。神様だろうが人間だろうが関係なしに、どうしようもなく彼に焦がれているんだと。
そして、あの夢のような夏の日々を、夢のままで終わらせたくはないんだと。

今、俺は海へ向かう列車に揺られている。
あの頃からは、お互いいろんなことが変わっているのかもしれない。
でも、俺の気持ちはあの夏から変わっていない。
あんたがどこへも行けないというのなら、俺が攫ってやる。
だから、あの浜辺で待っていて欲しい。
目的地を告げる車内アナウンスを聞きながら、そう願った。