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勘違いお耽美系受け

ライブを終えて裏口を出ようと階段を上っていくと、ドアの前に見たことない男が立っていた。
ちょっとしたインパクトだったのはそいつがえらく背がでかくて、そんで……普通そういう事しないよな、って動作で、
目のあたりに上げた二本の指をちょっと動かすような、まぁ古臭いっつうかそれはねぇだろって挨拶を俺にしてきたからだ。
他に誰かいれば俺じゃないって無視決め込んだけど生憎俺しかいなかった。
ファーつきの、高級カーテンみてーな柄のロングコートに、メイクに……、
いや、いいけどそのシルバーのアイメイクがやたらどぎつい。特濃。
「待ちくたびれたじゃない、YOU」
……お前どっかのアイドル事務所の社長?
「あんた誰」
「ミッシェル神條です」
なんだよその腕クロスさせるポーズ、頭おかしいのかお前。いい加減にしろ。見てるこっちが恥ずかしいだろ。
「今日YOUのライブ観てさ、」
「……そりゃどうも」
「決めたんだよ……その美しさ……ボクのバンドに入らない?」
カツンカツンカツン、と硬い階段が奴の靴底を跳ね返す甲高い音。近付いてきた奴は俺より頭一つ分くらいでかい。
「近いんスけど神條さん」
「……遠慮しないで、ミッシェル神條って呼んでいいんだよ……」
いや普通神條って呼ばれる方がいいんじゃねーの。ミッシェルてお前。
バカに関わってる時間が惜しい。俺はさっさと奴を避けて階段を上ろうとした。
「ちょっと、」
それに先回りして、俺の行き先を塞ぐ。また笑う。
「つれないなぁ……YOU」
「どいてもらえる」
「YOUがボクのバンドに入ってくれるなら」
さっさと帰りたかったし、目の前の男は頭おかしいし、その上更に俺に違うバンドに入れときた。
さすがに俺も頭にきて、目の前のお耽美野郎にずい、と詰め寄った。
「あのさ、何考えてんのかしんねーけど、俺は今のバンド以外でやるつもりはねーんだよ」
じろりと睨み上げると、何でか半開きの唇と目が妙に恍惚とした色でもって俺を見る。
何だこいつ、頭おかしい上に変態か。いや変態だから頭おかしいのか。どっちだ。

「その意思の強さ……やっぱりボクの思ったとおりだよ……」
うっとりと自分の頬を撫でんのやめろ。殴りてぇ。
大体、よく見たら案外整った顔してんじゃないか。何でこんなメイクしてんだ?イロモノバンド?
「じゃーさ」
「ん?」
「とりあえず化粧取って素顔見せてよ。信頼できねーだろ、そんな厚塗りの顔じゃあさ」
適当な口先でまあとりあえず怯ませる事ができたらそのままほっといて帰る気だったんだ。けど。
「そんな……メイク取るなんて何する気だい、YOU」
そんなに明るくないこの階段の片隅で、目の前の男の顔が真っ赤になる。一瞬目が点になった。何言ってんだこいつ。
「す、素顔なんて……そんな、いや、でも、君になら……」
頬に両手添えてどこの乙女だ。とりあえず動揺してんのは確かだ。もう放っておこう。多分今日は厄日なんだ。それだけだ。
まだテンパってる奴の体を押し退けて、そんじゃ、とドアを開いて外に出た。
奴が気づかない内にさっさと逃げるに限る。背中の方で奴が何か叫んでいるのが聞こえるが知るもんか。


それからまたライブまでしばらく間があったから、俺はすっかりあの変態の事を忘れていた。
変態つってもまあ害はあまりなかったからだけれども、今思えば警戒しておけばよかったとこれはもう酷く残念だ。
迂闊だった。甘かった。これは俺のせいだ。あの日と同じように、あの階段で、俺はまた一人で帰る為に階段を上っていた。
ドアの前に誰かいるのに気づくのも、少しだけ時間がかかった。気取ったポーズで立ってるな、と思ったけどその程度。
そいつが俺を見て、妙にもじもじと動き出した時も誰かと勘違いしてんのかなと思ったくらいで。
「……や、やぁ」
さっと俺の前に立ちふさがった男は、茶髪で背がでかくて小奇麗な顔した、所謂イケメンだった。次の言葉を聞くまでは。
「何。つか、ごめん、俺あんたの事知らないんだけど……」
「やだなあ、……照れてるのかい?YOU……結構シャイなんだね」
一瞬にして、以前のおかしな出来事を思い出す。けど、目の前の男とあのミッシェルなんちゃらがどうしても繋がらなかった。
「ちゃんとメイク………取ってきたよ」
……いや、なんで恥らう風なんだよ。

「これで……YOUと一緒になれるんだよね?」
「いや、言ってねーし。俺、一言も言ってねーよな?それ」
「メイク取れなんていきなり言われたの、YOUが初めてだよ……」
……しかも聞いてねぇし。困ったな。これどうすりゃいいんだ。
まじまじと顔を見れば、随分綺麗な顔してんのに何がどうしてこうなったのか理解できない、俺には。
「ていうかさ」
もじもじとドアの前で少女漫画みたいに顔を両手で隠してる大男の前に立つ。モデルとかやれそうなくらい背はでかい。
そのでかさで、この動作で、あのメイクか……。残念すぎるだろ。
「神條さんその方が可愛いんじゃないの」
「かっ!?」
「あんな変なメイクしないでさ、その方が可愛いのに」
「かっ…かっ、か、かかかかかかかかかかか」
瞬時に顔が真っ赤になる。そういえばこないだもそうだったっけ。面白いといえば面白い。相手すんの面倒だけど。
顔真っ赤にして挙動不審にきょろきょろした後に、ちょっと俯いた顔でこっちを見てくる目が上目遣いだ。口まで尖ってるし。
一瞬殴りたくなったのは、それが想像してなかったほど可愛かったからで。可愛いと思った俺を殴りたかったんだけど。
「か、可愛い、なんて……ちょっと、YOU、……何なんだよ……」
俺は思わず笑ってしまった。
「何それ、ほんと可愛いね神條さん」
また今度、メイクしないでおいでよ。そしたらもう少しだけ話聞いてあげてもいいよ、と俺は顔を覗き込む。
もはや耳まで真っ赤にして、まともな返答もできそうに無い目の前のを放って俺はまたしてもさっさと外に出た。


奴のバンドに入るつもりはないけど、あれをからかうのはまだしばらく楽しめそうだ。今度はなんて言ってやろうかな。
あいつがするような大袈裟な手つきで指で顎に触って可愛いね、とでも言ってやろうか。うん、そうしよう。
俺は笑いを噛み殺しながら雑踏に足を踏み出したのだった。