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家で散髪

「あっ。」
呟いて、コウキが手を止めた。うつらうつらしていた俺は奴の声で覚醒し、目を開けた。
風呂場の鏡に写っているのは俺。風呂椅子に座って前掛けをしている間抜けな格好。
それでも、自分で言うのもどうかと思うが、なかなかの色男だ。
……が、問題はそこではない。
「なぁ。」
「はい。」
「なんかここ……」
「何のことでしょうか?」
鏡の中のコウキはにっこりと笑った。だが俺はつられない。
「ここだけ変に短くなってんだけど。色男が台無し。」
「自分で色男とか言うんじゃねえよ! だいたい変とかなんだ! わざとだわざと! アシンメトリーって流行りなんだぞ。流行遅れが。」
さっきまできれいに微笑んでいたのに、あろうことかキレやがった。この場合怒る権利は俺にあるはずだ。
だいたい流行遅れとはなんだ。これでもモテるんだぞ。
「正直に失敗したって言えよ! だいたいテメエが出来もしねえのに『切ってやろうか』なんて言うからこうなるんだ。」
「は!? バカにすんなよ!? 俺今カット習ってるしこの前母さんの髪だって切ったんだからな。」
「まだ専門卒業してねーだろ。俺の髪切るなら国家試験受かってからにしてくれ。」
むっとした表情を崩さない奴に俺は続ける。どう考えても調子に乗った奴が悪い。
「ったく。とりあえずこれどうにかしろ。絶対友達には笑われるし。あー女の子にも指差されたらどうすんだよ。」
奴が黙った。僅かに顔を伏せたのが鏡ごしに見えるが、表情は見えない。
急に静かになったのが不思議で、何の気なしに振り向いた。


奴は鬼の形相だった。
怒りにうち震えるとは正に今の奴のような状態を言うのだろう。
内心気圧されていると、徐に奴が口を開いた。腹の底から捻りだしたような声だった。
「アキは、女の子に指差されたら、困る、のか……」
「はぁ?」
「俺がいんのに、女の子からどう見えるかとか気にすんのか……」
「いや、ちょ……」
分かった。こいつは誤解をしている。
俺が大学で女の子にモテてウハウハしてるとでも思っているのだろう。可愛い嫉妬だ。どうせなら怒り方も可愛いともっといいのだが。
「ごめん。コウキがいれば女の子や友達からどう見えても関係ない。」
こういう時は謝るに限る。実際今の台詞は100%……いや、99.9%くらいは本音のはずだ。多分。
「本当だな?」
「うん。」
俺の本音の0.1%には気付かずに、奴の機嫌は上を向いたらしい。
しかし、次に告げられた一言には流石の俺も面食らった。
「よかった。じゃあ俺も本当のこと言うけど、さっき短くなってるって言われたとこ失敗した。あとついでに言っとくと、母さんの髪切った時も実は失敗して、N海KディーSのYちゃんみたいな髪型になって泣かれちった。」
一息に言って奴はけらけらと笑った。
Yちゃんの髪型がそんなにあれか、失礼だろう。母親にも謝れよお前。それより、まだカットに慣れてないそんな腕前で俺の髪切ると申し出たのか。
頭がくらくらした。しかしここで怒鳴っては先程の状態に逆戻りだ。ポジティブに考えよう。


「お前俺のこと大好きだな。」
「当たり前じゃん。じゃなきゃ恋人って言わないし。」
「そうじゃなくてさ、もしお前がお前の母さんの時みたいに失敗して俺の髪型がYちゃんになっても、俺のこと好きってことだろ?」
奴が黙った。てっきり「当たり前だ」と鼻で笑うと思ったのだが。
そして奴は言った。
「アキ」
「ん?」
「ごめん。やっぱり美容室行って切り直してもらってください。」
結局そうなのか。
なんて奴だ。可愛くない。
俺がキレそうなのを我慢した甲斐がどこにもない。



「でも」
「俺が卒業して試験受かって上手くなったら、俺だけに切らせろよ。」
前言撤回。やっぱり可愛い。