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近所のお兄さん×近所の悪ガキ

「なあ、あんたさあ。男の人が好きってマジ?」
背中合わせでの真剣ポケモンバトル中にかけられた一言は、ボタンを間違って押すぐらいの衝撃を僕にもたらした。
「…どういうこと、それ」
「言葉通りの意味。隆クンは昔っから男が好きなヘンタイだから近づくなって、裕二んちのおばさんが言ってたからさ」
ほんとかと思って、というあんまり直裁な彼にちょっと頭を抱えそうになる。
「なあなあ、どうなの。どうなの?」
「ちょっと静かにしてなさい。今僕のターンでしょう」
「ちえー」
しばらく、かちかち、かちかち、とボタンを押す音だけが響く。
そらをとぶを無効化するために違うタイプのポケモンに入れ替えるか、というタイミングになって、僕はすこしだけ目を瞑る。
そうして再び開いた視界は、何も変わることがない。
だから、彼の疑問に応えてやることにした。
「…すきだよ。男の人。女の子なんかより、ずっとね」
 …ヘンタイだって、言う人もいるよ。そう続けてやれば、ぴくり、と背中から彼の振動が伝わってくる。
「…へえ。そうなんだ」
「うん」
「…へえ」
ほー、ふーん、と、明らかに動揺を押し隠そうとして全然隠せていないので、手早くバトルを終わらせるべく、ボタンを押すスピードを早める。かちかち、かちかち、かちかちかち。
「…じゃあさあ、あのさあ」
あと一匹で彼をノックアウトできる、というところで、また彼が口を開く。いったいなんだっていうんだろう。
「好きな奴とか、いるのか? それか、好きなタイプ。教えろよ」
…そうきたか。
「好きな人は、いるよ」
答えれば、背中からまた強い揺れが伝わってきた。実にわかりやすい対戦相手である。だからすぐ負けるんだと、どうして気づかないのだろうか。
「…どんな奴」
僅かに緊張を孕んだ問いが投げかけられる。それにまた、ため息をつきたくなった。
敵の最後の一匹の体力は半分。あと少し。きゅうしょにあたりでもすればイチコロだ。
「…そうだなあ、顔はちょっといかつめでさ。髪の毛も短く刈り込んでる。
 性格はちょっといたずらっぽいかんじかなあ」
「…へえ」
背後の彼が動く。じり、と背中に感じる感触が少しだけ、回転する。

――そして、僕の上に、その影が落ちる。
「うん。たまにすごく、憎らしくなるぐらいで、そんでね。
 ――今時、ポケモン金銀しか持ってないんだ」
そう告げた瞬間、ぎゅるり、と視界がひっくり返った。ぼすん、と今まで座っていたベッドに押し倒されて、声を上げる暇もなく、彼が馬乗りになってきた。そしてそのまま、僕の両手を抑えつけてきたので、僕は更に言ってやる。
「中古屋さんで金銀探すの、結構大変だったんだからね」
「ああ」
「お小遣いはそこまできつくならなかったけど。安かったから」
「…そうか。それにしてもあれだな。毎度毎度ポケモン強すぎんだろ」
「まあね」
手の中からゲーム機が滑り落ちる。こつん、と音を立てて床に落下したそれの画面に映る金色の鳥の体力ゲージは、もうほとんどひんしに近い。
「ねえ、康宏さん。貴方、ヘンタイだね。僕みたいな子供を押し倒して。男なのに、男が好きなんだね――」
「黙れ」
この、悪ガキが。
そう言いながら彼に似合わない、悲壮な顔が近づいてきたので、僕は静かに目を閉じて、手を伸ばす。
イヤホンが外れてしまったらしい。床に落ちて拾いあげることも出来ない筐体から、電子音が鳴っている。
ポケモンバトル、もう少しで勝てたのになあ、なんていう、どこか遠くで呟くような思考は、やがて唇への柔らかい感触と、どちらのものともわからない熱に溶けて消えてしまった。