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愛さないでください

 ひとつだけお願いがあるんです、と青年は静かに言った。
――私を愛さないでください。
 烏色の髪が風に撫ぜられて蒼ざめた頬にかかり、ただでさえ感情を内に秘めがちな青年の表情を一層読み辛くしていた。
 けれども、日頃から禁欲的な彼が、そうして一陣の風の中に無防備に身を置くさまを見るのが、私は存外に気にいっていた。
 だからたびたび夜になると、青年を連れて、この静かな湖畔を訪れた。
 ここに吹く風は無粋な障害物に遮られることはなく、ただ穏やかにさざ波の上をやってきた。
 そして、私と青年に沈黙が訪れると、その間を優しく風が通り過ぎていくのがわかるのだった。
 青年もまた、この時間を好んでいた。
 明るい日差しの中では人目を集める彼の容姿は夜の帳にしっくりと溶け、湖畔に吹く水気を含んだ風は彼の故郷の風にどことなく似ているのだと言う。
――私を愛さないでください、私を愛さないでください。
 彼の言葉をそっと胸の中に反芻する。最初は小さなさざ波だったそれは、終いには思いがけない大波になって私の感情を揺らした。
 私と青年の間に、大きな断絶を感じるのはこんなときだ。青年の生まれた国では、言葉とは大事な時にだけ使うのだと言う。
 けれども、その言葉が聞こえた通りの意味を持つとは限らないのだと。
 今このときも、青年の言葉は重く、危うい。
 こんな使い方を、私は知らない。
「何故、」
 纏まらない感情で発した言葉はひどく稚拙で、そのことに私は苛立つ。
 私と青年が同じ国の人間だったら、私と青年の国がけして争うことがなければ、私がこの国の軍人でなかったら、私達は分かりあうことができたのだろうか。
「どうしてあなたは何も言わないのだ!」
 子供のようになりふり構わず叫ばずにはいられなかった。もともと感情を抑えるのは得意な方ではない。
 青年の顔に一瞬だけ困惑の表情が浮かび、そして消えていった。
 さぞかし呆れているに違いない。そう思ったが、もはや自分の衝動を抑えることができなかった。
「……愛しているんだ」
 呻くように言った言葉は、沈黙の中に落とされた。青年は私に背を向けると、湖を眺めている。
 拒絶されるとわかった愛の味は苦い。それでも、白痴のように次の青年の言葉を待っている。
――月が綺麗ですね、と水面に俯いた青年が消え入りそうに言う。
 繊細に揺れる水の上に、大きな月がその姿を映しているのだ。
 月光が象牙色に青年の肌を輝かせる様を、食い入るように見つめていた。
 失意が胸の内に広がり、表情の見えない青年にじょじょに苛立ちが募る。はぐらかされるにしても、その顔が見たかった。
 たまらずに、立ち尽くす青年の腕を強く引くと、はっと息を呑む音がした。
 無理やり振り向かせた彼の顔は、今にも泣き出しそうな顔をしていて、思いがけないその事実に私は呆然と立ち竦む。
――ああ私達は分かりあえない。