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踏み台になる

「はい原くんどうぞ」
横矢が壁に背をついて、バレーのレシーブのように腕を構えた。手は足を乗せるため上に向けられている。
「…横矢お前、マジちゃんとついてこいよ?」
「わかったから原くん、早くのぼって」
「一人で帰んなよ!?」
「わかったってばあ」

いつからだろう。横矢がこんなふうになったのは。
自然と踏み台になり、高いものには必ず手を伸ばす、悲しいほど当たり前になってしまったこの身長差。
見下ろされる居心地の悪さ。
こいつに威張り散らす俺をどこまでも滑稽なものに変えてしまう目線の差。
思春期と呼ばれる俺には吐き気がして当然の違和感だった。

深夜の学校に忍び込もう、そう言ったのは俺だった。
下らない度胸試しの一つで、先週バスケ部の森崎がやったばかりだった。校庭に忍び込み白線で書いた「森崎最強」。
もちろん森崎は翌日には校長教頭揃い踏みの中で土下座をするハメになったわけだが、校内での奴の好感度はあがった。田舎の娯楽だ。
それから何度か忍び込もうとした生徒がいたが、皆あえなく大人たちに捕まった。
森崎のあとに続ける者は未だ現れていないのだ。
それはちっぽけな自信をくじかれかけた自分にはチャンスに思えた。
ここで偉業をなしとげて、ひょろ長い図体をした横矢に負けない自分になるのだと、馬鹿げた鼓舞をした。
そして横矢にそれを見せ付けて、その時こそ安寧を手に入れられるのだと。

だがそんな夢物語の薄っぺらな脚本は、早々に破り捨てられた。
警備員だ。
当直室の様子は先程確かめてきたばかりだ。
故に声を荒げながらこちらへ走ってくるあの男は、教員ではない。
まさかここまで徹底されているとは。
「おい、横矢降ろせ!警備員!」
「うそ!?」
「撤収な!」
叩きつけるような心臓の音を聞きながら、汗だくになってもペダルを漕ぎつつけた。
そうして俺にはこんなこともできないのかと悔しさやぐちゃぐちゃとしたものが込み上げてきた。
涙になりそうだったそれを声にかえて吐き出した。文字にもならない叫びが人気のない道路に吸い込まれていく。

自分のことさえ持て余した俺は、その夜横矢がどうしたかなんて、気にもかけなかった。

次の朝ざわつく教室から見えたのは、校庭にいっぱい真っ白な「好き」の文字。
横矢を見ると目を細めて、俺の頭に手を置いた。
なぜだかそれは心地がよくて、胸には消し飛んだ不安の代わりにくすぐったいような予感。
自信ありげな横矢の顔にも、なぜかいらつくことが出来ない。
「今度は置いて行かないでね?」
お前が俺を置いていくから、と、言いかけてやめる。
「置いてかねえよ」
横矢が笑う。
俺も笑う。
季節はもうすぐ本当に秋。
肌寒い廊下の風の奥から、教頭の怒鳴り声が聞こえた。