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政治家の息子と政治家を志すその親友

いつだったか伊崎が、「梨原は政治家になりたいんだろ?なら俺のオヤジの秘書になりゃいいよ」と軽々しく言ってきた。
たしか大学受験の頃で、真に受けた僕は伊崎の言うまま彼の父へと挨拶を済ませ、彼はその後「オヤジがうるせーから」と僕と同じ国立を志望した。
ギリギリと締め付けられるような受験を終えて桜の下をくぐってみれば、そこにはなんでもないことのように代表挨拶をする伊崎の姿があった。
僕だって割りに危なげなく合格したはずだ、試験後に彼に自己採点を聞いたときには「わかんねえ、つけてねえから」と言っていた。
来賓席には誇らしげに、彼の父親が座っていた。裏口ではないだろう。伊崎は優秀だ。
だからこそ伊崎の父は、あんなにも誇らしげなのだ。

それからは、なにかと構いつけてくる伊崎をかわしながら、僕はやるべきことをやり、学ぶべきことを学んだ。
酷く不安定なものを妄信した僕の猛進を、伊崎は「高い目標があって良い」と誉めそやした。
「俺なんかなんにもねえよ」と笑う彼の肩には、見るたびにステッカーの増えていくギターケースが提げられていた。

顔を合わせると「梨原、お前は政治家になるんだろう?」と伊崎は聞いた。
それが段々と伊崎の代替品であるように思えてきて、振り切るように僕は伊崎の父と話をしに行った。時間の許す限り。
自分が必要とされているのだと、なりふり構わぬ猛進が少なからず評価されているのだと確かめるために。
「息子は政治に興味がないからね」と笑う仕草が、首の角度が、ひどく伊崎に似ていた。いや、伊崎が似ているのか。


大学卒業を控えた頃、伊崎が休学するのだと聞いた。ギターから弦楽に目覚め、友人を頼って一人で渡欧するのだと。
卒業してからでも遅くはないという周囲に後ろ髪を引かれることもなく、彼はあっけなく海を越えていった。
伊崎先生は「息子の人生だ、僕には君がいる」と微笑んだ。喜ばしいはずのその言葉に、ぞわぞわと背骨が軋みをあげて震える。
押し込めて蓋をしたはずの不安が全身を駆け巡った。
伊崎はこんな顔はしない。
「彼の代わりですか」と力なく呟いた僕に、「君が私を代わりにしているんだろう」と伊崎先生は笑ってみせた。
伊崎、伊崎、君はこんな顔しない。
君に憧れていたのだと、てらいなく言えていたなら。
僕がもっと、素直で正直だったなら。
伊崎、君か僕が、僕か君を、いつかさらっていたのなら。
伊崎。なぜか惹かれあった僕の親友。
記憶から君の笑顔が消えそうだ、笑ってくれ伊崎。