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お互いに妻子ありの幼なじみ

「美咲さん今何ヶ月だっけ?」
「えーっと……8、かな。来週実家帰るって。あ、智子さん何度も飯お裾分けしてもらってありがとな。美咲より旨いから助かるよ」
たまたま帰りが一緒になって、駅から家までの10分を共に歩く。俺が住んでいたマンションにこいつが越してきて以来、よくある光景だった。
「あいつなんかの飯でよければ何度でも。そうか、もう8ヶ月か。じゃあウチんとこの圭介と一緒に学校通えるのか」
「だな。男の子らしいから、俺たちみたいに仲良くやっていけたらいいな」
「まったくだ」
そういってあいつは笑った。俺たちみたいに仲良くか。自分にしちゃ皮肉が効いているな、と内心自嘲した。こいつも笑って流せるくらいになったんだな。
俺とこいつは物心が付く前からのつき合いで、気づけば側にこいつがいた。喧嘩もしたし、親に言えないような悩みをいくつも相談しあった仲だ。
唯一無二の親友だと胸を張って言えるし、俺が妻を最初に紹介した友人もこいつだった。逆もまたしかり。こいつに子供が出来た時も素直に祝うことが出来た。
思春期の気の迷いで結んだ肉体関係。高校から大学にかけて、こいつとは何度も体を交えた。
きっと何年何十年と年を重ねてもこいつとずっと一緒にいると思ったし、こいつ一人を愛し続けるものだと思っていた。
だが、時の流れというのは残酷なもので。いや、これ以上は思い返しても仕方ないことだ。
結局俺とこいつの関係は世間でいう幼なじみに落ち着いたのだ。それ以上でも以下でもない。俺たちの妻も、俺たちの過去に疑問を持ったこともなかった。
「美咲さん実家帰ったら家に来いよ。一人じゃ帰ったとしても寂しいだろ」
「バカ言え。もう俺も一児の父だぞ?寂しいもクソもあるか」
「子供を持っても一人寝は寂しいもんだ。それになんでだか圭介はお前が来ると機嫌が良くなるんだよ。パパとしては心中複雑だ」
「俺のこともパパだと思ってるんだろ。少しは俺の種も混ざってそうだしな」
「あの頃は散々中に出してくれたしな。そういえばしょっちゅう腹をこわして大変な目にあった」
ちょっときわどい冗談を口にしても、もう沈黙が生まれることもなくなった。お互い大人になったのか、それとも傷が癒えたからだろうか。
「まぁマジな話、飯くらいは食いに来いよ」
「考えとく……った」
「ん、どうした?」
「あー、唇切れた」
チリッと走った痛みの箇所を舌でなぞると血の味がする。この時期になるといつもこうだ。俺は顔をしかめた。
「またかよ、お前も本当学習しねぇよな」
「うるせーよ」
俺をバカにするように笑ったこいつはポケットをまさぐったかと思うと、深緑色のスティックを取り出した。
「ほらよ」
「ん、悪いな」
「いいってことよ」
それは微妙に使い込まれたリップ。こいつが使ってたので形は斜めに削れている。唇に塗りつけると、独特の爽快感を唇に覚えた。
「ありがとよ」
「やるよ、お前しょっちゅう切れてるし」
「これくらい自分で買うっての」
そう言いつつポケットに押し込んだ。家に帰れば、同じようにこいつから貰ったリップが一体いくつあるだろうか。
これだけは俺とこいつの関係が変わっても、変わらない習慣だった。
また来年、俺の唇が切れる時にもこいつは側にいるだろうか。俺がリップを携帯しないことを追求せずに、また新しい物をくれるのだろうか。
直接唇を合わせることはもうないけれど、こうして俺たちは間接的に唇を重ね続ける。