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メントス×コーラ

「なあ、メントスロケットやってみねぇ?」
ずいぶん長いこと飲料コーナーを見つめていると思ったら、南条はそんなことを言い出した。
昼休み、このクラス一馬鹿な男に「頼むこのままじゃ赤点一直線なんだわ何とかしてくれ」と泣き付かれ、
学校帰りに塾へ行く代わりに奴の家で勉強を教えてやることになってしまった。
そして奴が「甘いモノ無かったら勉強できない」と主張するので、二人してコンビニに寄ったところである。
「何だよメントスロケットって」
見るからに「いい悪戯を思いつきました」という顔をしているし、どうせ碌なことではないのだろうと思いながらも、俺は一応聞き返した。
「なんか、コーラにメントスいれて振りまくってから地面に叩きつけたらメチャクチャふっ飛ぶんだって。
 これって化学実験じゃね? 勉強にならね? 四宮もやってみたくね?」
やはりというか想像以上にくだらないことだった。
「そんな食べ物で遊ぶようなことをしていいと思うのか」とか「お前はそんな阿呆なことしか考えてないのか」とか
「俺はお前と遊ぶために塾サボったつもりじゃない」とか、言いたいことが一瞬で沸き上がってくる。
だが、やつがあまりにも期待に満ちた眼差しを向けてくるので、
結局「コーラもメントスもお前が買えよ」としか言えなかった。

南条曰く「さすがに住宅街でこれやる度胸はねーわ」とのことで、俺達は南条家近くの河川敷に足を伸ばした。
かなり河口に近い場所で、横を見れば遠くに水平線が見える。キラキラと光る水面、その上を渡る鳥たちの声。ああ、なんか、
「いい場所だろ?」
ハッと振り返ると、南条がニヤニヤしていた。随分呆けた顔をしてしまっていたのだろう。
「うん、まあ……俺んちの近所、川とかないし」
顔が赤くなるのを感じながら答えると、奴は何故か満足そうに頷いた。
「やっぱり! 四宮ぜってー自然見てねぇだろうなーって思ってたし! だからそんなに疲れちゃったんじゃね?」
「え?」
頬の紅潮が一瞬で止まる。俺の変化を見て取ったのか、南条もなにやら気まずげな表情になる。
「わりぃ、何でもねぇわ。――それより早くロケットやろうぜ。お前振る係な、ちょい待ってて」
ことさら明るく言って、南条はレジ袋をあさり始めた。

俺が疲れていると南条は言った。
親にも教師にも他の友人にも言われたことがなかったし、自分でもつい最近まで思ってもみなかったことだ。
馬鹿のくせにこういう勘はやたら鋭い奴だ。
勉強だとか優等生キャラでいることだとかは、学校生活の上では必要なこと。不満なんてない、あってはいけない。
そう信じて過ごしてきた。
なのに、南条と同じクラスになって、何かと話すようになって、
いつの間にか不満とか欲とかを抑えるのが、前よりキツくなっていた。
塾をサボったのは、南条のせいじゃない。俺がサボりたかっただけだ。いや、間接的には奴が原因かもしれない。
悪い仲間に誘われて云々ではないが、俺を変えたのは間違い無く南条だから。

「さー振って振って!」
既にシュワシュワと泡が吹き出しかけたペットボトルを渡される。ボトルの内側、コーラの中でメントスが暴れまわる。
このひと粒ひと粒が泡を生み出しているのか。俺の精神状態を無茶苦茶にしている、南条みたいに。
無心になってシェイクしていると、その南条が「さすがにもういいんじゃね?」とボトルを取り上げた。そしてわずかに蓋を緩めると、
「どりゃあっ!!」
思いっきりその場に叩きつけた。
次の瞬間、ペットボトルが宙を舞った。大量の泡とコーラを撒き散らし、一瞬のうちに斜め前方の土手に突っ込んでいった。
「ぎゃははははは!! マジで飛んだよ、見たよな四宮!」
コーラまみれで心底愉快そうに笑う南条を見た途端、胸を締め付けられるような感覚に襲われ、俺は思わず俯いて眼を閉じた。
これ以上、奴を見ちゃいけない。声を聞いちゃいけない。奴に関わっちゃいけない。
これ以上奴を心のなかに入れてしまえば、俺は全て溢れさせてしまう。
無視したかった感情も隠したかった本性も、何もかもを吹き出しながら、あのコーラみたいにどこかへ飛んでいってしまう。
そして何より、そうやって南条に飛ばされてしまうことを何処かで期待している自分が怖い。
「あー、コレ動画撮っときゃよかったな――って、あれ、四宮?」
ひとしきり笑い終えた南条が、こちらを向いた気配がする。けれど顔を上げられない。
今もし奴の顔を見たら、きっと俺は泣いてしまう。
「あ、制服……わりぃ、まさかここまでヒドいことになるとは思ってなくて……」
俺のびしょ濡れのシャツを見たらしい南条は、我に帰って謝ってきた。
この馬鹿とは違って薄々予想はしていたが、俺と南条の全身は噴射されたコーラまみれだった。さっきからベタついてしょうがない。
「マジごめん。俺んちで洗う? あ、その前にペットボトル回収しねぇと、あー結構大変だなコレ」 
こいつに関わっちゃいけない。こいつを受け入れてはいけない。頭ではそう分かっているのに、
「――制服乾くまで、みっちり勉強してもらうから」
奴に背を向けながらもそう言ってしまったのは、俺達にまとわりついたコーラの甘ったるい香りのせいだと、信じたい。