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さよならの歌を歌う

ドアの向こうに佐伯の背中が消えるのを確認して、藤野はマイクを置いた。
近頃の佐伯は何かと言えば電話、電話だ。
忙しく話し込んでいる先は実家の家族と職場が多い。
2人でいるときくらいと言ってしまえたら楽だが、そんな約束はしていないので、黙っている。
そもそもそんな必要があるわけでも、文句を言える関係でもない。

演奏停止のボタンを押して、次の曲を呼び出した。
次は佐伯の順番だが、いつ戻るかわからない者を待ってやる必要もない。
初めて一緒に来たとき取り合って、結局一緒に歌うように落ち着いた古い曲。
ワンフレーズめを歌いかけて、藤野はまた演奏を停止した。
他の部屋から漏れ聞こえる歌声と若い男女のはしゃぎ声に、どうしようもなく落ち着かない気分になる。
リモコンの履歴を手繰っては戻り、自分では歌わない歌を送信しては停止する。
いつも、すぐにかすれてしまう声を照れたように誤魔化す佐伯を思い浮かべた。

「なに遊んでんだよお前は」
何度か繰り返した頃、佐伯が部屋に戻ってきた。
体をぶつけるようにして、リモコンを覗き込んでくる。
「遊んでるっていうか……何歌おうかなっていうかさ」
迷う振りをしながら思い出していたのは、何度も聴いた曲だった。
「なんか新しいのある?」
「いや、別に」
「ないのかよ!」
「ていうかちゃんと歌えっかなって」
「ふーん」
佐伯が好きだと言った曲の、次に収録されていたあの歌。
聴きたかったけれど飛ばされるので、隠れてCDを買った。
車の中で見つかって、気に入ったなら貸したのに、と言った後、でもお前多分返さないよなと笑われた。

「あ、俺の入れたの消しちゃったんだ? ま、いいや、休憩ー」
大きくため息をついて、佐伯が隣に沈み込む。
リモコンを見る振りで横目で確認した表情は、少し疲れているようだった。
「電話、なんだった」
「あー……母ちゃん」
「……帰ってこいって?」
「……いや、何も言われてない……まだ」
「ふーん」
ページを送って目当ての曲を探す。今、佐伯のために探しているのは、極めてよくあるタイトルだ。

「なあフジ、俺ちょっと寝てもいい?」
「だらしねえなあ、まだ日付変わってねえぞ。今日は朝まで付き合えって言ったじゃん」
「今日はっていうか、お前いつも言ってるじゃん」
「お前だっていつも言ってるじゃん」
「はいはいごめんごめん、次は起きてられるようにするから」

次、来たときか。
次に会う時には、その次の約束はできるのか。その次は。
言えるわけのないせりふを飲み込んで、送信ボタンを押す。
悲しい歌のタイトルが点滅するのを確認して、藤野は置いたままだったマイクを握った。

「……まあ別に寝ててもいいけど、聴いてろよ」
「何だよそれ」

目を細めて佐伯が笑う。

「おい佐伯、聴いとけよ」
ハイハイ、と生返事を残して、腕を組んだ佐伯が目を閉じた。
つぶやくようにイントロが始まる。何度も何度も聴いたけれど、歌うのは初めてだ。
声が震える理由がわからないように、何度か咳き込む振りをする。

それでも届くように歌うからよく聴いてくれ。できれば最後まで目を開けずに。