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好きと言えなくて

メインで関わった大きな仕事が終わった記念の打ち上げをした帰り道、俺は変に興奮していた。
そのせいで普段は行かないバーなどに立ち寄り、カウンターに座ってマスターとの会話を楽しんでいた。
そこに声をかけてきたのがケンジだ。
「久しぶりだな。誰か来る?」
驚いて返事ができずにいた俺にケンジは「だめだったか?」と苦笑いした。
その表情にハッとし、俺はようやく「久しぶり。座りなよ」と言えた。
礼を述べて座ると、ケンジは慣れた様子で注文した。どうやらマスターと顔見知りのようだ。
ケンジとは高校2年のクラス替えをきっかけに仲良くなった。
性格から部活から趣味から、ほとんど共通点のない二人だったのになぜか馬が合い、休みには結構な頻度でお互いの家に泊まったりもした。
でかい喧嘩も何回かしたが、ぶつかる度に仲が深まった。
結局その付き合いは大学卒業まで続いた。しかし就職をきっかけにいつしか連絡は途切れがちになり、やがて途絶えた。
だから本当に久しぶりにケンジと会ったのだ。

約十年の空白をものともせず、会話は弾んだ。
仕事の話題が大半だったが、程よく場が温まった頃、不意にケンジから「お前、結婚は?」と聞かれた。
「まだまだ仕事が恋人だな」
「昔からそればっかだな。部活という名の恋人とはいつ別れたんだ?」
ケンジは笑い声をこぼし、手元のグラスを空けた。
確かに俺は高校時代も大学時代も「部活が恋人だ」などと言っていたが、まさかそれをこいつが覚えているとはおもわなかった。
懐かしさと共にピリッと走った痛みを誤魔化すように俺もケンジに同じ質問をした。
奴はすぐには答えなかった。空のグラスに目をやるとマスターに向かって「ブルームーンを」と頼んだ。

「で、どうなんだよ?」
頬杖をついてこちらを向いたケンジの顔に朱が差したように見えた。
こいつは酔っても顔に出ないタイプだからちょっと心配になったが、すぐに戻ったからきっと照明の色によるものだろう。
「俺も今のとこは仕事が恋人」
ケンジがにこりと笑うのと同時にマスターがカクテルを差し出した。

「…綺麗だな」
「ああ。ブルームーンの美しさはカクテルの中でも一、二を争うよ」
ケンジの手の中ですみれ色の水面が揺れている。
奴の声が少し震えていたのに気づかないふりをした。
本当は全部知っている。俺の胸に走った痛みの正体も、ケンジが頼んだカクテルの意味も。
好きって言えなくてごめん。