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コドモっぽい大人×オトナな子供

 まだ騒がしい屋敷を出て倉の裏手に回り、雑木林の中。藪をかき分け少し歩いた先にある小さな池のほとり。案の定そこに人影があった。先程の騒ぎの元凶の彼、この家の次期当主は、そこで暢気に鼻歌を歌っていた。こちらが声をかけるより先に、僕に気付いた彼がぱっと笑った。
「怜治、いいところに来た」
「井坂さんがお呼びです。屋敷にお戻り下さい」
 無駄と知りつつ言ってみたが、意に介した様子もない。こっちに来いと、猫の子でも呼ぶように手招きをする。
「結構です。僕の役目は坊ちゃまを屋敷に連れ戻すことであって、坊ちゃまと一緒に木陰で涼むことではありませんから」
 殊更に「坊ちゃま」を強調して言えば、彼は拗ねたように口をとがらせた。
「いやみったらしくそんな呼び方をするな」
「あんな騒ぎを起こすような方には『坊ちゃま』で十分だと思います」
「見合いだって断ってきたんだからそんなに怒るな」
「論点をずらさないでください! だいたいあれは断ったのではなくてぶち壊したと言うんです! それに! 僕がいつ見合いを断ってくれって言いましたか!」
「そうだな。だが、私はお前以外と添い遂げる気など無い」
 言い切られて絶句する。
「いっそ二人で駆け落ちしてもいい」
 目眩までしてきた。
「だから頼む、お前まで、私に見合いしろなどと言わないでくれ」
「あなたは、この家の跡取りなのですよ」
 ようやっと絞り出したが、歯牙にもかけない。
「そんなのは関係ない。お前が私の側にいさえすればいい」
 あぁ、この人はなにも分かってはいないのだ。
 世間知らずのボンボンと元陰間、二人手に手を取って逃げたところで、どうなるというのか。行き着く先は見えている。
 この人に、後悔などして欲しくない。
 頭一つ以上大きな体が、腕が、僕の体を優しく包んでくれる。僕を暗闇から救い出してくれた、優しい手。この場所を手放したくはない、手放したくはないけれど。
「怜治っ」
 焦った声が頭上からふってくる。意味を持たせて這わせた手に、彼の顔がびっくりするくらい赤くなってうろたえていた。
「だからな、お前が大人になるまでは、こういうことは、まだはやいんだ」
 僕がこの家に来る前に何をやっていたのか知っていながらそう言ってくれるのが、嬉しかった。
 けれど今は。
「駄目、ですか。太一郎さん」
 目に浮かんだ涙をそのままに見上げれば、次の瞬間、息も出来ないほど強く抱きしめられた。嬉しくて、また涙がこみ上げてくる。噛みつくような口づけがふってきて、僕はうっとりと目を閉じた。
 たった一回だけでいい。その思い出だけで、きっと生きていけるから。
 彼の着物に手を差し入れながら、今日この屋敷を出て行こうと、心に決めていた。