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昔の攻めの結婚前夜

「悪ぃ、俺、ゲイじゃなかったみてーなんだわ」
そう言って合鍵を放り投げて去った彼から、見慣れぬ葉書が来た。
正しくは来ていた。僕が入院している間に。

なにが悪かったのか胃にデカイ穴が開いたので塞いできた。
久しぶりの我が家に帰ってたまりにたまった郵便物をチェックしていたとき、それはひらりと床へ落ちた。
眩しいくらいに真っ白で、黄色い花の絵に彩られた招待状。配達ミスかと思うほど、僕の部屋には似合わなかった。
上品な名前と並んで、彼の名前があった。
結婚式、披露宴と、おだやかじゃない文字が並ぶ。間がいいのか悪いのか、そこには明日の日付が書かれている。
過ぎたことならもう少し、平静を保っていられただろうに。

僕の勤めるバーに、客としてやってきたサラリーマン。
当時の彼女にフラれてヤケになった彼となあなあで関係を持ち、ほどなくして付き合った。
くたびれたスーツが色気を醸して、たまらなく大好きで。

自分の性的嗜好に悲観気味、かつ世間にビビってる僕みたいな暗いゲイに普通のサラリーマンなぞ勤まる訳もなく、だからこそ彼のスーツ姿が好きだった。安物の、汚れの目立たないグレーのスーツ、それに僕の買ったネクタイ。
ぶっきらぼうで、カラオケ好きで、セックスが雑で、僕の部屋に転がり込んでカーテンをヤニで染めた彼。
笑い上戸で、手が大きくて、故郷が好きな、二つ年上の彼。

彼が好きだった、病めるときも健やかなる時も、それ以外のどんな時だって。
誓うべき神は、いなかったけれど。

気が付いたときには、玄関にしゃがみ込んで泣いていた。
明日が晴れますように、そう言って葉書を破いた。

いよいよ明日だな。さすがのお前も緊張してるだろ?
結構経ったよな、あれから。そりゃ結婚の1つ2つくらいするわな。
それにしても、ここ2,3年でお前も随分丸くなったよなあ。あの人のおかげだな、確実に。
俺は、あの頃の抜き身の刀みたいなお前に魅入られたクチだけど――まあ、そんなことはともかく。
あんなにあったかい心と笑顔の持ち主はそうそう居ないぞ。
せっかく巡り会えたひとだ、絶対手放すんじゃねーぞ。
……言うまでもないことか。
お前は今も昔も、大事なものを大事にする所は変わってねーもんな。
バカな俺が、それを無碍にしてしまっただけで。
お前と居た時のことを思い返すと、感謝してもしきれないし……いくら後悔しても、しきれない。

白状するけど、俺はお前にずっと想われていたかった。
よく「死がふたりを分かつまで」って言うけど、それ以上のことを望んでしまってた。
俺がいなくなった後のお前を見てると、悲しくて、申し訳なくて……でも、少し嬉しかった。
傍に居なくても、自分がお前の中に在り続けられる気がして、
俺もお前も哀しみ続けることが分かち難い愛の証になるんだって、思い込んじまってた。
今思えば歪みまくってるよな、全く。
しかしまあ、時間の力っていうのはやっぱり大きいもんだな。
だんだんと、お前への気持ちはそのままに、そういう歪んだ喜びみたいなのだけが消えてった。
俺たちが過ごした日々ってもんの存在は絶対取り消せないし、そこから伸びる線の先に今のお前が居るんだって、
なんとなく納得できたんだと思う。
その頃にはお前もあの人と出逢って、少しずつ笑うようになってた。
あの人がいい意味で俺と正反対だったのも良かった。いや、奇特な人だよ、ほんと。
とにかく、いつの間にかお前の、お前たちの幸せを願える程度には、俺も気持ちの整理がついたってわけだ。

だめだ、このままだと明日までウダウダ居残っちまいそうだ。
いくらって思い切れたって言っても、いざお前たちの晴れ姿を見たらポルターガイストを起こさないとも限らない。
せっかくの式を台無しにしないうちに、そろそろあっちへいこうと思う。
最後に、これだけは言わせてくれ。
勝手に死んでごめん。あんだけ事故るなって言ってくれてたのに、約束破ってごめん。
俺にとってお前は、たった一人のひとだった。
もし生きていられたら、俺は、今もきっと――
いいや、続きは向こうで言うわ。気になっても、あと百年くらいは来るんじゃねーぞ?
じゃあ、そのときまで、またな

 カレンダーを見るまでもなく、頭の中のカウントダウンは「結婚式まであと一日」を光らせていた。
 とうとう、明日が大輝の結婚式。
 おだやかな夕闇が窓に広がる。天気がいいといいんだが、このぶんなら大丈夫じゃないか。

 大輝は、学生時代の元彼だった。
 真性の俺と違って、当時からノンケだったのを強引に落とした。
 ガタイがよくて癒し系、優しい性格につけ込んだらあっさりいけた。
 半同棲に持ち込んでどこもかしこも相性バッチリ。一年も続いた、今でも忘れられないいい男だった。

「翔太はもてるから」
 だから、別れ話は意外だった。
 いつもと変わらない優しい目で俺に言う大輝の意図が、最初はさっぱりわからなかった。
「妬いちゃってる? 浮気疑ってる? 俺、大輝ひとすじだってば」
「その、他に誰かいるとか思ってるんじゃないよ、でも……俺……」
 浮気はしてなかった、本当に。友達は男も女もいっぱいいたけど、誰とも大輝が気にするような事実はない。
 つまり言いがかりだ、と思った。
「大輝こそ、最近仲良いよね、ゼミのさくらちゃんだっけ」
「……共同プロジェクトだから、普通に話したりはするよ、それも五人グループだし」
「俺のも、友達でしょ?」
「友達とは手を握ったり……キスしたりはしない」
 内心、ため息つく思いだった。大輝は固いのだ。
「やってないよ?」
「俺は、翔太だけが好きだった」
「俺も。大輝だけだよ」
 俺が飲み込んだため息を、大輝は我慢することなく吐き出した。
「……翔太みたいな人たちがそういう風だとはよく聞くけど、それなら、俺には無理なんだよ」

 大輝は、あっという間にお互いの部屋の荷物を一人で片付けて、あとは学内で会っても、電話をかけても無視だった。
 正直、こんな後味悪い別れ方は初めてだった。結構傷ついた。
 周りの友達がからかい半分、モーション半分であれこれちょっかいかけてきて、大輝が見たらなんて言うだろって
 期待したりした。
 大人しくしてればいつかまた、と思って、ちょこちょこメールを送り続けて半年、我ながら柄にもなくけなげじゃん。
 俺の誕生日に送ったメールに、たったひとこと「おめでとう」って返信が来た時は嬉しかったな。
 少しずつ、返信が増えて、会っても話すようになって、卒業をまたいでも学生時代の仲間で飲み会セッティングしたり。

 別れて三年、そろそろ、なんて思ってたところに降ってわいた大輝の結婚だった。
 ショックがなかったと言えば嘘。でも、気にするな、ドンマイドンマイ、って自分に言い聞かせた。
 結婚したって友人関係に影響はない。俺達は、今は男同士の友達なのだ。
 嫁さんにも、誰にも文句は言わせない。相手、どんな女か知らないけど。

 晩飯を考えつつ、一応送っとくか、とメールを打つ。
『いよいよ明日! 結婚おめでとう!』
 恥ずかしいほどキラキラにハートでデコって、ニヤニヤと送信ボタンを押した。
 珍しくすぐに返信が来た。
 大輝からの返信は早くて一時間、遅けりゃ来ないくらいなのに。
 いつもの、絵文字もなにもないそっけない文面が薄暗くなった部屋の中で光る。

『もう、メールも電話も受け取らない 今までありがとう』
 驚いた。大輝の話はいつも突然だ。
『なんで? 友達じゃん 絶交宣言? なんで?』
 すぐ送った。またすぐに返信が来た。
「うぬぼれかもしれないけど、結婚するんで翔太とはつきあえない』
『男同士だからいいじゃん? 友達でしょ?』
『俺は、本当に翔太のことが好きだった。だからつきあえない』
 好き、という文字が目に飛び込んできた。じゃあなんで?
 続いてすぐ次のメールが来る。馬鹿みたいな着信音をぶっちぎって確認する。読んでるうちに次の着信。
『もっと早くこのメールを送るべきだった。俺は、本気だった。翔太はそうじゃない。わかってほしい』
『好きだったから、離れられなかった。俺は卑怯だった』
『ありがとう。本当に大好きだった。これで最後になる』
 文の最後に、脈絡もなく唐突な赤いハートの絵文字。初めて見た……

 ぼんやり眺めていたら鼻がツーンとして、慌てて返信を作った。
『俺が好きならまたつきあおう』
 急いで打って、何もつけずに送信する。
 ──宛先がない。メールを拒否られた。きっと、電話もかからない。
 なんてひどいんだ。涙が流れた。何が悪かったんだ。どこで間違ったんだ。
 友達でいいじゃないか。大輝、ねぇ。
 泣きながら、俺は無意識になぐさめてくれる奴を探して携帯を握り……目をつぶって壁に投げた