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滅んだ民

どんよりと曇った空の下、彼は黙って花を置いた。
栄華を誇った都市の、その面影が静かに風に吹かれて消えていく。
本当に何も残っていない。それを再確認して、彼の頬を涙が伝った。
故郷を捨てた。友を捨てた。愛した恋人すら捨てた。
そんな自分に涙する資格などないのだ思いながらも、落ちる雫を止めることもできなかった。

どれほど時間が経っただろうか。
彼は花に背を向け、歩いてきた道を戻り出した。
『もう帰るのかい?』
耳に響く優しい声。
たまらず振り返ると、そこには捨てたはずの恋人の姿があった。
最後に見た時と同じ、皮肉げな笑みを浮かべていた。
「…俺を、恨んでるだろう?」
やっとのことで絞り出した声は震えている。

『君はいつもそうだ。僕の言葉なんて聞かないんだから』
「そうだ、俺はいつもそうだった。だから、逃げ出したんだ」
すると恋人は、なんだかひどく優しい顔をした。
「やめろよ…そんな顔で見るな!罵れよ!臆病者って、二度とここにくるなって、罵れよ!」
『君は本当に馬鹿だなあ』
そう言って、くすりと笑う。

『そんなこと、できるわけないじゃないか。僕は君が生きていてくれていることが嬉しいんだから』
「嘘だ!」
彼はその場に崩れ落ち、悲鳴じみた声で叫んだ。
「俺は…ここから逃げ出した!滅びることがわかってて、それでもなんとか食い止めようとするお前たちを見捨てて一人逃げたんだ!」

『今となっては、君の判断が正しかったんだ。あれこれ苦悩してみたものの、結局滅びは止められなかった』
それは、聞いたこともないほど優しい声音だった。
『君が自分を責める必要なんてないんだよ』
「俺を、恨んでないと?」
『そうだね…』
どこか遠くを見つめるような顔をして、恋人はつぶやく。
『恨んでるってことにしてもいいよ。だから…』
俯いた彼の頬に、細い指が伸ばされた。誘われるように顔を上げると、微笑む目に囚われる。
『たまには、みんなのために花でも持ってきて。それから、僕のことは忘れて、でも僕たちが滅んだことは覚えていて』
その言葉の意味を数秒考え、彼もまた笑った。
「お前らしい、無茶な注文だ」
『そう?』
悪戯っぽく首を傾げる恋人を見て、ただ頷く。
それを見届けると、恋人の姿はかき消えた。

再び誰もいなくなったその場所で、彼はつぶやく。
「誰が忘れるか」
そうして立ち上がり、また歩き出すと、
『君は本当に馬鹿だなあ』
そんな声が聞こえた気がした。