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皆の人気者×一匹狼

コンクリートがむき出しの雑居ビルの中は、走っても走っても先が見えない。
ぜえぜえと自分の吐息ばかりが響いて、
それを聞きつけて今にも奴が迫ってくるのではないかと言う恐怖が繰り返し思考を停止させた。
違う、落ち着け、逃げるのをあきらめるな。
ああ。正義の味方、だなんて甘い響きの言葉で武装する連中など、これだからくそったれなのだ。

連中は「正義のヒーロー」だ。とどのつまりは、国家が雇った、軍より自由な傭兵でしかないのだけれど。
最新式の武器と暗視スコープ、一糸の乱れもない組織立った捜索でこちらを確実に追い詰める。
それを自分は何度も見てきた。
裏町で自分を育てたあの気のいい小さなマフィアの連中も、そのあとに自分を利用した薄汚いゲリラ連中も、
思想には共感したが行為がいささか強行だったレジスタンスの連中も、みんな、みんな。

刺すような視線が自分の妄想なのか、本当にどこかから監視されているのか、もうわからなかった。
半ばやけのような気持ちで足を止め、手近の一室に座り込む。ごつりと壁に預けた背中から、じわじわと熱が逃げた。
上着はとうに手放して、相棒の銃のカートリッジはもう最後だ。
破れたシャツからむき出しの腕に無数の擦り傷がある。これだけで済んでいるのはむしろ幸運と思うべきだった。
大勢で「力をあわせて悪を殲滅」するのが連中の常套手段なのに、あいつは今日、たった一人で俺の前に現れた。

ちくしょう、と小さくつぶやいた声が部屋に消える。
自分のようなちんけな悪党など、一人で十分とでも言うのだろう。そのとおりだくそ、ついでに見逃しておけ。

「そういうわけにもいかないからね」

不意に扉の向こうから声がした。
身構えるより早く、ドアがどかんと大きな音とともにゆがみ、もう一度爆音を立てて崩れ落ちた。
最新鋭のスコープと、薄く軽いくせにショットガンくらいには耐える装甲。
正義のヒーローがそこにいた。

「……仕事熱心だな」


吐き捨てて銃を構える。こけおどしにもならないことは分かっていたけれど。
疲労と絶望で目がかすむ。
表情の見えない暗視スコープの、その向こうで奴がどんな顔をしているか。
思い出そうとしたけれどあきらめた。

自分の中では、まだガキのころのあいつの顔のままなのだ。

じり、と後ずさりながら相手と距離をとる。
「ガキの頃はミサだって適当にしてたくせによ。随分立派に成長したもんだ、ヒーロー」
「真面目にやれって怒ったのはあなただろ。だからこうして職務に励んでいるのに」

苦笑の気配だけが伝わる。そうして、無造作に一歩、長いレンジで距離を詰められた。
反射的に引き金を引く。きんと硬い音だけが響き、ヒーローは微動だにしない。

同じ町で育った、弟分だった。唯一のともだちだった。そのはずだった。
あのファミリーがなくなって、道が分かれるまではの話だ。

さらに一歩。壁に追い詰められる。相手の表情は見えない。

「……見逃せよ。おれはもうどこの組織にも属してない。単なるちんぴらだ」

ああ。なんてことだ、あの洟垂れに命乞いだなんて! けれどもそれしかないのだ!
もういちど、笑う気配だ。今度は吐息の音が聞こえるほど、顔が近かった。
そうして奴は見えない笑いと一緒に言った。わかってるよ。

「おれが、そのために、みんな潰してきたんだ」

目を見開いた。
自分を育てたあの気のいい小さなマフィアの連中も、そのあとに自分を利用した薄汚いゲリラ連中も、
思想には共感したが行為がいささか強行だったレジスタンスの連中も。

「な、」

口を開きかけたところで腹に重い一撃が来た。
げほ、と咳き込んでくず折れる。暗く沈んでいく意識の向こう、笑いを含んだ声が聞こえた。

「だからもう、あんたは俺のところに来るしかないだろう?」



(翌日の新聞には、殺人・強盗の疑いで男が捕らえられたことが、ごくごく小さく報じられた。
 国家保安隊の特例措置により、ある士官の監督下におかれることも)