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いっしょにごはんをたべよう

人の機嫌を損ねないようにといつも自信なさげに喋る鴨居が、今日はいつにもまして気遣わしげな視線をよこす。
心配ごとでもあるのだろうか。不思議に思いながらも「どうかしたのか」と直接に聞くことはせず、大池は缶の中に僅かに残っていたコーヒーを飲みきって口を開いた。
「休みだよ、そりゃ」
「だよな、土曜日だもんな」
「いや、実際土曜休めるのとか久しぶりだよ」
「そうか」
鴨居が焦った顔になった。失言だった、と早くも後悔しているらしい。また迷ったように視線を泳がせ、右手に持ったままの手帳を開いたり閉じたりしている。
高校時代によくつるんでいた友人たちは、鴨居のこういったのろさを面白がって、ときには少し馬鹿にすることもあり、悪い言い方をすれば笑いもの扱いだった。
彼らの意識としては友達同士ののりでからかっているだけだし、鴨居も一緒になって笑っていた。しかし大池はそれがいつも気に食わなかった。
だから誰かを交えて鴨居と話すより二人だけでのんびりと喋る方が好きだった。

自販機の横にあるごみ箱に向かって歩き出したら、鴨居がとことことついてきた。大池が「これ捨てるだけ」と言って空き缶を示すと、鴨居が慌てて「ごめん」と謝った。
会社から帰る途中、乗り換えをする駅のホームでばったり会って、彼が手帳や携帯をいじりながらそれとなく質問するのに応えるという形式の立ち話が始まり、既に十分ほど経過している。電車もいくつか逃した。
特に用がないならここで別れて帰ればいいのだが、彼が何か言いたそうにしている気がして、大池は「じゃあまた」と言いだせずにいた。
缶を捨てて鴨居に向き直ると、彼と一瞬だけ目があった。運動音痴という自称を裏付けるような彼の小柄な体格は、社会人になってスーツを着ていてもどこか頼りなげだった。
大池としては、鴨居が話したいことを話せるまで待つつもりだが、心配症の彼は大池の気を悪くするからと遠慮して途中でやめてしまうかもしれない。
できるだけ話しやすいようにと大池は「もうすぐ四月終わるなあ」と何でもない一言を挟んだ。
「あのさ」
鴨居がようやく意を決してくれたようだ。
「明日俺も休みだし、一緒に飯とか、どうかな」
十分かかって切り出す話がそれか。
怒られることでもしたみたいに縮こまって返事を待つ鴨居の俯いた顔を見ながら、大池が少し笑った。
「俺もちょうど誘おうと思ってたんだ」
鴨居が視線を上げて大池を見た。彼は「そうか」と呟き、安心したようにやわらかく微笑んだ。
高校を卒業しても鴨居のことばかり思い出していたのは、その顔を見るのがとても好きだったからだ。
次の電車が来るまであと二分ある。同じホームで乗り換える大池と違い、鴨居は階段を下りて地下鉄に乗るはずだ。
ここに留まっているのは大池が電車に乗り込むのを見送るつもりなのだろう。
鴨居に悪い気がしたが、あと少しの間でも何となく一緒にいたいのは大池も同じだったので、二人で並んだままホームの時計を見ていた。