※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

竜と人間

私が傷だらけの彼を連れ帰ると、集落の誰もが顔をしかめた。

「そんなものを拾ってきて、どうするつもりだ」
「傷を癒して故郷に帰す」
「やめておけ。お前も知っているだろう、残忍で獰猛な一族だ。」
「しかし、このままでは死んでしまう」
「死なせておけばいい」
「それなら私たちの方が余程残忍だ。可哀想に、こんなに弱って……」
「いずれ息を吹き返せば、お前に牙を剥くぞ」
「構わない。見たところまだ子供だろう、小さな牙だ」
「奴らの成長は早い。姿を覚えれば、やがて力をつけて復讐に来る」
「それでも一匹だ。私たちの敵ではない」
「群れで攻めてくることだってある」
「しかし」
「村に災いが訪れた時、お前はその責任を取れるのか」
「……」

私が押し黙ると、彼は首をもたげて不安げな表情を私に向けた。
私と彼の間には言葉がない。
しかし、彼の潤んだ瞳を見れば、彼が今すがれる存在は本当に私だけなのだということを切実に痛感できた。
……大丈夫だ。そう言い聞かせたかったのは彼になのか、私になのかは分からない。
私が必ず彼を守る。きっとそれは、あの森の奥で、か細く助けを呼ぶ声を聞いたその時から決まっていた事だったのだ。

「仕方ない、それならば」

堅い決意をはらんだ私の声色に、集落の空気が刹那ざわついた。

「せめて彼の傷が癒えるまで、この村の離れで暮らすことを許してほしい。そして、彼の回復を待って……」

異様な空気に彼が怯え、体を私にぴたりと沿わせる。
私はその小さな頭に頬を寄せながら、残りの言葉を静かに吐いた。

「私はここを出ていく。そして彼が二度とこの村に足を踏み入れぬよう、この身をもって寿命の終わりを見届けよう。……先に私の寿命が尽きるのであれば、彼を殺してでも。」

忽ち豪豪とした非難の嵐が私と彼を襲った。
ある者は目を剥き血管を浮かせ、ある者は私に襲いかかろうともした。
私の一族は代々その高い誇りが支えていた。その名折れとなる私の罪は、それほどの罵詈雑言をもってしてもなお購えなかったのだ。
しかし、村長だけはただ一人静かに目を瞑り、やがて口を開いた。

「魅入られたか」

その深長な響きに、あれほどざわついていた場が波が引くように静かになる。
村長は群衆に向き直ると、鎮痛な面持ちで述べた。

「もう彼に私たちの言葉は通じぬ。こうなってしまってはもう終わりなのだ。どれほどの罵倒も、どれほどの迫害も彼の意志を動かせぬ」

村長は私に振り返り、言葉を続けた。

「それが、その生き物の魔性なのだ。最早私は、お前を仲間とは思わぬ。傷が癒えるまでだと?甘い、今すぐここから出ていくがいい」

私は彼を抱えたまま、迷いなく踵を翻した。
だがその背中に投げ掛けられた言葉は、その後いつまでも耳に残り続けることとなった。

「ただ……それがお前だったのは残念だったよ」



彼の息はまだ浅い。そうだ、泉を探そう。そこで、薬草を摘もう。……この前足では上手に拾えないかもしれないけれど。
私たちは彼の一族のように涙を流すことができない。しかし、張り詰めるように引き結んだ眉間に何かを悟ったのだろう、彼は柔らかい薄橙の前足を私の頬に添えてくれた。

「……哀れんでくれるか。なら……」

あぁ、きっとこの言葉は彼には理解できないだろう。
しかし私はまるで先程の彼のように、一心にすがり求める存在だった。ただただ、救いが欲しかった。

「お前たちの一族がするように、愛や誓いの……印がほしい」

少しの沈黙の後、彼は小さい花びらのような唇を私につけた。