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大嫌いなんて絶対言わない

明かりも灯らない部屋のベッドの上で、一人の青年が小さなボイスレコーダーを握り締めていた。

二年前に戦争に行った恋人が帰って来た。彼は小さな白い箱に入っていた。中身はぼろぼろに焦げた帽子とこのボイスレコーダーのみ。
本来ならば両方遺族の物になるはずだったが、録音された宛名を聞いた時点でこちらだけ譲ってくれた。涙を見せまいと顔を真っ赤にして歯を食いしばる父親と、既に涙すら出ないらしい憔悴しきった母親の表情が、今も瞼の裏に焼きついている。

『まず最初に、帰れなくてごめん。約束したんだけどな、親父にもお袋にも、お前にも』

戦闘機の中なのだろうか、エンジン音が煩くて聞き取りづらい。だがそこに吹き込まれていたのは間違いなく死んだ恋人の声だった。少し甲高くて、馬鹿っぽくて、無駄に大きい声。

『お前、言ってたよな。徴兵制も無いこの国で、兵士になるなんて馬鹿だって。俺もそう思うよ。お袋は絶対泣くだろうし、お袋を泣かせた俺は馬鹿だ。でも、この国を少しでも守れたんなら、俺は後悔しない』

今までに聞いたことの無い真面目な声色だった。きっと迷いの無い真っ直ぐな瞳で正面を見つめたまま話しているのだろう。やたらと正義感の強い所は、死ぬまで治らなかったらしい。

『そうだ、この際だから言うが、ずっと思ってたことがあるんだ。聞いてくれ』

この言葉の後にに続いたのは、思いもよらない言葉たちだった。

『まず、俺はお前のその長ったらしい前髪が嫌いだった。ファッションだか知らないが鬱陶しいし、顔が良く見えねえし、話してるときも弄ってばっかりで聞いてるんだか分かりゃしねえ』

『それからその毒舌も。言葉がきついんだよ。俺じゃないと誤解するだろうが。人に馬鹿だなんだって言うけど、お前のコミュ障っぷりも酷えぞ』

『後好き嫌いも多かったよな。折角分からないように色々作ってやったのにすぐに見抜きやがって。ガキかお前は』

『そうそう、お前はちょっと神経質過ぎるんだよ。トイレットペーパー三角に折るし、本棚並べ替えるし、後で使おうと置いといた物すぐ片付けるし。何で俺より俺の家に詳しいんだよ』

声が少し震えていた。リズム良く振動を刻んでいたエンジンが嫌な音を立てている。もうすぐ墜落すると素人にも分かる。

『要するに、俺はお前のことが嫌いだったってことだ。だからお前も俺のことを嫌いになれ。大嫌いいだと言ってくれ。俺の最期の頼みだ。じゃあな』

録音はそこで終わっていた。

「……本当に馬鹿だな」

人が止めるのも聞かず兵士になって、母親を泣かせて、好き勝手人の悪口を言って。ここまでの馬鹿は見たことが無い。

「そんなこと言う訳無いだろ」

二人で寝るには狭すぎたベッドも、一人で座るにはあまりにも広い。

「絶対言うものか」

最期だなんて認めない。だから願いも聞いてやらない。
既に小さなノイズを吐き出すのみとなったボイスレコーダーを切り、青年は溢れる涙を拭った。