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殺したくないけど殺す

俺は愛人を囲っている。その愛人は元天子様だ。倉庫だった黴臭い建物が元天子様の趙成民の檻だ
この国の王朝ってのは創始当初を乗り切れば二百五十年から三百年くらいは続くのが大体の相場だ
ところが創始から百年で成民の曽祖父・祖父・父と三連荘でとんでもない暗愚馬鹿皇帝が続いてしまった
一切の政を放置しての贅沢三昧。とうとう北狄や西戎と組んだ都護が反乱を起こした
成民の父は報せを聞いても何の措置も取らなかった。そして膨れ上がった賊軍が都まであと三日という日に崩御した
後宮の奥で腹上死を遂げたのだという。情勢は如何ともし難い時分に帝位だけ成民に投げられ……こうして賊軍の捕虜となった
新帝陛下はなぜか成民を処刑もせず、また毒を賜って自害を促すこともせず、成民の身柄を恩賞として側近に下賜した
偶然だが新帝陛下の側近には誰も男色趣味を持つ者が居なかった。巡り巡って成民は下っ端の俺のところへとやって来た
成民はとんでもない美丈夫だ。美しさは牡丹のようで丈夫ぶりは白虎のようだ。齢は十六
新帝陛下が戦利品として扱ったのも頷ける素晴らしい美貌だ。殺すのは余りにも惜しい
しかし成民は不運だった。話してみると実に聡明な人物だ。きっと名君になっていたに違いない
残念ながら成民への諡号は哀帝や廃帝になるのだろう……俺はすっかり成民の虜になってしまっていた
状況はいつ変わるか分からない。突然に処刑命令が届くかもしれない……俺は全てを捨てて成民と旅に出ようかと悩んだ
それとなく成民に伝えたが成民は悲しそうな微笑を浮かべつつはっきりと逃げないと拒絶の意思を示した
もし新しい王朝が正統性を確保するために自分を吊るすことが必要なら喜んで吊るされるつもりだと……
そしてそれが自分がこの国の民草のために役に立てる唯一の方法だと言った
俺は報せを聞いて呆然とした。頑健な新帝陛下が突然に原因不明の病で崩御された
それだけではない。新帝陛下の長年連れ添った妃も跡継ぎ候補の三人の皇子もここ数日間の間に立て続けに薨去された
そして後継として即位することになったのは新帝陛下の側室の兄だという。これはおかしい……
新王朝の求心力は一瞬にして消滅した。瓦解するのも時間の問題だ。俺も側室の兄貴だとかには全く義理は感じなかった
俺は成民を故郷に連れて故郷に帰ることに決めた。何と言おうと首に縄をつけてでも引っ張って行くことに決めた
俺が身辺整理を済ませてこっそりと成民の元へ向かった。既に日は落ちていた。軟禁先の倉庫は静まり返っている
説得したが成民は頑固として逃走を拒否した。頑固なヤツだ……俺は成民の白皙の胸に舌を這わせた
と、周囲が大勢の兵に取り囲まれる気配を感じた……しまった! 遅かったか!
隊長らしき兵は数人のお連れと共にズカズカと入って来ると懐から紙を取り出した
「新帝陛下の勅命だ。趙成民を斬首に処する。刑はこの場で執行するものとする」
「俺はあんな簒奪者なんぞ認めんぞ! そんな偽勅令糞喰らえだ!」
「何をっ!」
俺は思わず携えていた刀に手をかけた。ここで成民と一緒に死ぬのも悪くないかもな……
「待て! 朕は天命を悟っておる。いつでもこんな命はくれてやる」
突然に皇帝が持つ威厳に満ちた口調で一喝され、俺も兵士も沈黙するよりなかった
「ただ最後の我侭を言わせてくれ。自裁するのも許されぬのなら、せめて手にかけられる者を選ばせて欲しい」
成民は何とも満足げな表情で俺を見た。俺は叫び出しそうになった
それから奥の部屋で二人きりになった。俺はできるだけ早く後を追うことを伝え、そして……
俺は成民を殺めた後に遺髪と形見の首飾りを持って帰郷した。失意のどん底で暮らしていた
偶然だったが故郷の領主は成民の従兄弟だった。しかも同い年だった。縁があってお仕えすることになった
側室の兄の二代皇帝には人望もなく国の体制を固める前に贅沢三昧に走った。新王朝は創始直後が一番危ない
あっという間に方々で反乱が起きた。混乱の中で二代皇帝一派は近衛兵の反乱により皆殺しにされた
しばらく群雄割拠の乱世が続いた後、俺の新しい主人が天下を統一して旧王朝を再興することとなった
新帝陛下より高い地位での処遇を持ちかけられたが、それらは全てお断りした
逆にこちらからお願いしたのは、成民の法要を新王朝主催で正式に執り行うことと稜を建造することだった
新帝陛下は実によく分かっていらっしゃる方だ。俺に成民の稜の守護人という役職を拝命された
さらに成民の稜のほど近くに小さな屋敷を拝領された。俺はそれから三十年間、成民へ祈りを捧げて過ごした
新帝陛下は二年前に流行り病でお隠れになり、今は長男の二代皇帝が即位された
そろそろ俺も成民のところへ行こうと思っていた。最近はとにかく動悸が異常だ。心の臓は休みたがっている
と、そこには成民が立っていた。皇帝の正装だ
「すぐに朕のところに来ると言ったではないか。さすがに待ちきれないので迎えに来たぞ」
「成民……いや陛下」
「今度は朕の側近として仕えてくれ。ついでに閨事の方もな」
俺は成民と手を繋いで成民の住まう宮殿へ続く道を歩き始めた