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付箋を貼る

師走も半ばを過ぎたある日。度重なる休日出勤の末ようやく24日の休みをもぎ取った僕は、恋人のアパートを訪れた。
イブを一緒に過ごせることは到着する前にメールで伝えたが、その返信の文章からも、今実際に部屋のドアを開けて
出迎えてくれた彼の表情からも、嬉しいという感情が滲み出ているようだった。
コーヒー淹れるんで座っててください、という彼の言葉に甘え、ローテーブルの前に腰を下ろす。
「ごめんね。予定が決まるの遅くなって」
キッチンに居る彼の背中に声をかけると、慌てたように顔だけ振り向かせる。
「いや、気にしないでください! 暇な学生の俺と違ってナオさん忙しいんだし! あの、もうちょっとかかるんで、
 テレビでも漫画でも見ててください」
「うん、ありがとう」
久しぶりに来た彼の部屋は、前よりも雑然としていた。ラグの上にうず高く積み上げられた漫画誌やファッション雑誌。
その中ほどからピンクの付箋が大量に飛び出ている。気になってその雑誌を引っ張り出してみると、週刊の情報誌だった。
表紙には『聖なる夜のデートに最適! クリスマス特集』。貼ってある付箋の多さに少し呆然としながらも頁をめくる。
よく見るとそれぞれの付箋に『ナオさんが好きそう?』『金額×』などと彼の筆圧の強い字で書きこまれている。
それを辿るうちに、僕の中に何とも言い難い温かい感情が込み上げてきた。
「ナオさんお待たせ……ってああっ! それっ!」
キッチンから出てきた彼は、僕が手に持つ雑誌に気づくと物凄い勢いでテーブルにコーヒーを置き、僕から雑誌を奪った。
「イブのプラン……そんなに考えててくれたんだ?」
綻んでしまう顔をそのままに問うと、彼はしばらく真っ赤な顔であーともうーともつかない呻き声をあげた後、がっくりと項垂れた。
「……もしかしたら予定駄目になるかもしれなかったけど、付き合って最初のクリスマスだし、ナオさん大人だから
 いろんなとこ知ってそうだし、下手なとこ連れてけねーと思って……。俺そういうのわかんないからこれで調べて、
 バイトも増やして金貯めたけど、やっぱりいいホテルとかレストランとかは厳しくて、そしたら全然決まんなくって……」
悄気たようにとつとつと語る彼の言葉を聞くうちに、僕はどうにもたまらなくなって彼を抱きしめた。
「な、ナオさんっ?」
驚き体をもがかせる彼を逃がさないように腕に閉じ込める。彼の方が随分と大きいから、縋りつくような形になってしまったけれど。
「馬鹿だ。ほんと君は馬鹿」
少し体を離して恋人の顔を見上げると、突然の罵倒に彼はその男らしい眉をへにょりと下げた。
「あのね、君は学生で僕は社会人だ。それに男同士でもある。君が僕をエスコートする必要はないし、
 君に高額な支払いを任せる気もないよ」
「でもっ、ナオさん滅多に奢られてくんねーし、クリスマスくらい俺がっ! それに、もうバレちゃったからあれだけど、
 かっこわりーぐるぐるしてるとこ見せないで、当日までにコース完璧に決めてデキる男みたいにナオさんを案内したかったんだ」
僕の恋人は、自分が年下の学生であるということを非常に気にしているようで、こんなやりとりは過去に何度もあった。
その度に僕は嬉しいような怒りたいような複雑な気分になって、彼のことを抱きしめたいような頬をつねりたいような気持になる。
前者は先程やったので、今度は後者だ。彼のスッキリとしたラインの両頬を軽くつまんで顔を覗き込む。
「ジン君。僕は君とイブを一緒に過ごせるだけで嬉しい。君が僕とのイブを楽しみにしていてくれたことが嬉しい。
 僕のことを考えて、こんなにもたくさん付箋を貼ってくれた君の気持ちが嬉しいんだ」
「ナオさん……」
目の前の男前な顔が泣きそうに歪む。それに笑いかけてから、僕は彼の頬から手を離していまだ彼の手に握られたままの雑誌を取った。
「僕は君の気持ちを少しも取りこぼしたくはない。でも流石に全てスケジュールに組み込むのは無理だから、暖かい格好をして、
 君が選んでくれたイルミネーションを回れるだけ回るのはどうかな? それで駅前のケーキ屋で君が僕にケーキを買ってくれて、
 その後は一緒に僕の部屋に帰ろうよ」
愛すべき付箋を一つひとつ撫でながらそう提案すると、愛しい恋人が感極まったように抱きついてきた。