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熱々あんかけ対決

「おい勝負だ!」
 あるアパートの一室で、今夜も料理対決のゴングが鳴る。
 お題は「あんかけ」。対戦するのは板前見習と大学生だ。

「店の片付けで疲れてない? 別の日でもいいんだよ」
「バーロー、お前に勝ち逃げされてたまるか! つか卒論抱えてるくせに余裕だなお前」
「真面目な学生だからね。はい、それじゃ大家さん審査よろしく」
「おんやまあ、今日もかい? 二人の料理を食べられるのは嬉しいねえ」
「ばーさん、審査は公平に頼むぜ」
「じゃあ、スタート!」

 ――奴の料理はあんかけ炒飯だった。
 玉子とネギだけのパラパラ炒飯に、エビのとろとろ熱々あんかけ。
 炒飯もあんかけもどっちも美味しいのに、まるっと全部一緒に食べると、咀嚼する度に小気味よい食感が味わえる。最初は炒飯のぱらぱら感とエビのぷりぷり感が歯に心地良く、咀嚼が進むにつれて双方の風味が渾然一体となって口の中に広がる。そして飲み込む時ののどごしを、あんかけが心地良くしている。
 はっきり言って奴の料理はうまい。天才だ。俺は胃袋を奴に掴まれていると言っていい。
 米の炊き方も包丁の握り方も知らなかった奴に料理のいろはを教えたのは俺だが、奴は瞬く間に上達して俺を飛び越していった。
 きっと料理人になったら沢山の人を幸せにできるだろうに、奴は元来の夢をかなえる為に故郷に戻って、可愛い嫁さんを貰って家業を継ぐ。
 俺じゃない誰かを幸せにするんだろう。
 それに苛立って、料理対決をしかけてる。
 ‥‥こんな風にじゃれあうのも、奴が大学を卒業するまでの事だ。


 ――彼の料理はあんかけうどんだった。
 人参の紅に絹さやの緑、大根の白、椎茸の黒、出汁の琥珀色が美しい。
 薄い色合いだから淡泊かと思いきや、出汁が利いている。それでいて濃すぎず、あんのとろみで味がまろやかになっていて、つるつると食べられる。
 難点があるとすればうどんのコシの弱さ――讃岐うどんに慣れた僕にとってコレはちょっと不満だけど、審査員の大家のおばあちゃんの歯が弱いのを考えてだろう。僕に作ってくれた時のうどんは、コシがしっかりしていたから。
 こういう気配りは、彼には敵わない。
 料理ができなくて弁当ばかりだった僕に暖かい料理を差し入れてくれて。
 さしすせそを知らない僕に料理を教えてくれた時も、口は悪いけれど褒める時はしっかり褒めて、駄目な時は叱って、だから迷わず楽しく料理に挑戦できた。
 彼のぶっきらぼうな優しさに、ずっと前から心臓を鷲づかみにされてる。
 故郷と家業への愛着が、揺らぐほどに。


 今夜の料理対決は彼の勝ちだった。
 大家の部屋を辞して、二人の部屋に戻る。
「次は来週だからな」
「また対決するんですか」
「お前が卒業するまでに星を五分に戻しておきたいんだよ。言っただろ、勝ち逃げは許さねぇって」
「その事ですが」
「ん?」
「君には言いそびれていましたが、僕、院に行くんですよ」
「‥‥つまり」
「だから、もう暫くお世話になります」
 そう言うと、彼は嬉しそうな顔で「さっさと言えよばかやろー!」と笑った。