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ふたりだけにしか分からない

市民公園の大きなケヤキ、それをぐるっと取り囲むベンチに座る人影ふたつ。ケヤキを挟んで背中合わせのふたり。
つまらん昔話でもしようか、と、片方が呟く。昔を語るにはあまりに幼すぎる声。
「…昔々、黒い妖(あやかし)がいてな。ここらの村人は皆、夜になると家に閉じこもって震えておった」
背中合わせに座った人影が続ける。
「妖は家畜を襲い、作物を荒らし、井戸の水を濁らせた。
 挑みかかった剛の者は皆、翌朝には骨になり転がっていた」
「…訂正しろ。骨なら食えんが、あれはまだ食えた」
「細かいところにこだわるな、お前」
「犬畜生と一緒くたにされるのが不快なだけだ」
明らかに機嫌を損ねる幼い声に思わず苦笑を漏らす、その声も決して年経ているとは言い難い。
「…まぁよい、続けるぞ。
 ある日、村に武者修行なんぞという名目で旅をする若造がふらりと現れた」
「話を聞いた若者は、一宿一飯の恩義にその化け物を退治しようと申し出た」
「そして…」
幼い声が言葉を紡ごうとするのを遮り、もうひとつの声が語る。
「夜に暴れるならば昼に討てばよかろう、と、若者は妖の寝倉と噂される山へと分け入った」
「!」
「若者は山の奥深くで木漏れ日の日向に寝転ぶ妖を見つけた」
「……」
「漆黒の毛並みは艶やかに日に輝き、血の如く朱い目は満足げに細められていた。
 ぐるぐると鳴らす喉の音は離れた場所から様子を窺う若者の所まで伝わり響いた」
一気に語り、ふぅ、と息をつく。
「やがて妖は寝入り、若者はゆっくりと近付いた」
「何故そこで斬らなかった?」
「妖の毛並みがあまりに綺麗だったので、撫でてみたいと思った」
「っ!!」
「自分の背丈以上もあるその妖の喉を、耳の後ろを撫でた。
 寝ぼけているのか、妖はされるままになり、ぐるぐると喉を鳴らして若者の手に頭を擦り寄せた」
「……不覚。あの日に限って寝呆けたとは」
「不覚という事はないだろう。おかげで妖は生き長らえたんだ」
「ほんの数刻だがな」
幼い声が忌ま忌ましげに呟き、もうひとつの声は続ける。
「あとは、あそこの立て看板に書いてある、この公園の名前の由来になった伝説の通り。
 その晩から妖と若者は三日三晩の死闘を演じ、ついに若者は妖を討ち果たした」
「嘘をつけ。あれは俺と若造の骸を見つけた輩が勝手にでっちあげた話だろう」
「…そうだな、決着はあっという間だった。
 若者は妖に捩伏せられ、瀕死の重傷を負った。
 死を目前にして若者は強く思った。この妖を他の誰かに倒されるのは嫌だ、と」
「何故」
「惚れたのかもな。宵闇に躍る強く美しい姿と、木漏れ日の下で眠る愛らしい姿を見せられて」
「……はっ、馬鹿馬鹿しい。人と獣だぞ?」
「最期の力を振り絞り、若者は妖の首を撥ねた。
 薄れる意識の中、若者は思った。何故、妖は自分にとどめを刺さなかったのか、と」
「…いらん事を思い出しただけだ」
幼い声に、ふっ、と自嘲めいた笑いが混じる。
「とどめを刺そうと覗き込んだその顔が…
 そのまた昔々、妖のその二叉の尾がまだひとつであった頃、その頭を撫でられた主君にうりふたつだっただけの事よ」
「……」
しばし沈黙が辺りを支配する。街の喧騒がやけに遠い。
「…あの夜は曇りだったな」
「ああ。だから、人はおろか月や星すら本当の事を知らない」
「二人だけにしか分からない真実、か」
悪くない、とふたつの声が笑いあう。
「笑うか、若造。貴様を殺したこの俺と共に」
「お前こそ笑うか、黒猫。俺こそお前を殺しただろう」
「憎しみや怨みはどうにも妖の骸に忘れてきてしまったらしいな」
「俺はもとよりお前を怨んではいないさ」
片方の人影が立ち上がって何かを背負い、反対側の人影へと歩み寄る。
「…とりあえず、若造呼ばわりをまず止めろ。今はお前が年下だ」
声をかけられた少年は、目の前の相手のランドセルと自分の小さな肩掛け鞄を見比べ、「そうだな」と呟いた。
「なら、何と呼ぶ?」
「ヒロキ。ちなみにお前と会った当時の名は…」
「いらん。現世を生きるには必要ない」
「幼稚園児には不似合いな言葉遣いだな」
「たわけ。貴様と話すから合わせてこの口調にしているだけだ」
黄色い帽子を脱ぎ、悪戯めいた笑みでランドセルの少年を見上げる。幼児独特の柔らかな黒髪がさらりと揺れた。
「…撫でたいか?ヒロキ」
「おう。撫でてじゃらして可愛がりまくってやるぞ、黒猫」
「貴様も、れっきとした人間に向けて猫よばわりは止めろ。【コウタ】だ」
ヒロキにくしゃくしゃと髪を撫でられてコウタが笑う。
妙な縁の妙なふたりが互いに懐古以上の感情を抱きあうのは、まだまだ遠い先の話。