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4分遅れの時計

新入社員と入社して、もうすぐ1年。
俺が知る限り、俺の直属の上司である片岡さんは、一度もネクタイをゆるめたことも、
髪に寝癖がついたことも、忘れ物をしたと慌てることも無い。
いつも同じように、キッチリしている。(そして俺は、情けない姿ばかり見せている)
さらに仕事はで完璧で、早い。接待もスマートにこなす。
堅物に見えるからか、女がいないようなのが、マイナスといえばマイナスなぐらいだ。
「木田。ぼんやりするな。考え事しないで手を動かせ」
書類をプリンタに打ち出しながら、静かな声で片岡さんは言った。
俺はビクッとして、あわててパソコンに向かう。
「木田、今こっちに届いたメール転送するから、書類に文面付け加えてくれ」
「はい」
返事している間に、メールは届いた。相変わらず仕事が早い。追いつくだけで必死だ。
『A社プレゼン資料について2   2007/2/08 10:28』
メールのタイムスタンプを確認し、添付ファイルを開いて、俺はさっきまで作っていた
書類に文面をコピーした。
そこでふと気づく。腕時計を見て確認する。それでも不安で、ブラウザを開いて、
日本標準時刻のHPまで確認した。
書類を印刷して2回確認して、ドキドキしながら片岡さんに話しかける。
「か、片岡さん。書類できました。それから…」
「何だ?」
「パソコンの時計遅れてますよ。4分間。
 俺、パソコン詳しいんですけれど、パソコンの時計って粗悪品で、ちゃんとあわせても
 一ヶ月に4分ぐらい遅れるんですって。いやー、片岡さんでもぬかるところがあるん
 ですね。俺は電波時計並にキッチリしたソフトをインストールしてるんで、ずれないん
 ですけれど」
俺は緊張のあまり、早口でそう言った。
片岡さんは、自分の腕時計とパソコンの時間を確認する。
「…あぁ、パソコンの時計、確かにずれているな」
「でしょ? でしょ? 直した方がいいですよー」
片岡さんのキッチリしていないところを見つけたのが嬉しくて、俺ははしゃいだ。
しかし片岡さんは片方の眉毛をあげて、面白くないような目でこっちを見た。
そしてしばらくしたあと、口を開いた。
「いや、でもこれは、ある意味あわせてるんだ」
「え?」
「今私達がいるここは緯度が何度か知ってるか?」
片岡さんは、メガネをかけなおしながら、早口でこう言った。
「ここは緯度134度。兵庫の日本標準時刻である135度とは、一度ずれているんだ。
 時間にして日本標準時刻より4分ずれている。
 だから、私のパソコンは、いまこの場所の正確な時を刻んでいるわけだ。
 …まぁでも、それは私の腕時計だけにしておくべきだな…。
 忠告ありがとう。すぐに修正しておく」
そう言って、片岡さんは照れたように笑った。

…俺の胸が痛いほどに脈打ちだしたのは、片岡さんが普段見せない大人気ない
部分を見れた喜び…だよな?

「ほら、書類一文字目から間違ってるぞ」
片岡さんは、先ほどの笑顔が嘘のように、冷たい声でそう言った。
俺は赤くなっているであろう顔があげられなくて、うつむいたまま「すいません」と言った。