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嫌われ者の言い分

美術準備室。この部屋の主の性格を表すように整頓されたテーブルの上に、
先生のあの絵が大きな賞をとったことを報せる通知が、無造作に置いてあった。

「ここ、辞めるんだろ」
ドアが開き、先生が入ってきたんだと分かった瞬間、俺はそう言い放った。
「――はっきりいわれると、ちょっと寂しいね」
先生が苦笑する。おめでとう、という言葉なんか、思いつきもしなかった。
空気こもってるなぁ、窓開けよう。独り言みたいに言って、先生は窓に近づき、
思いきり開け放った。強い風が吹き込む。
高台にあるこの場所からは、山に囲まれた市街地が一望できる。
「見晴らしいいから、ここ。いざとなるとちょっと離れがたいな」
笑ってそう言う先生は、吹き込む風に膨らんだカーテンの陰に隠れてしまった。
そんなの嘘だろ。小声で言うと、先生は、カーテンを押さえ込んでから、
首をかしげるようにして視線をこっちによこした。
「嫌いだったんだろ、こんなとこも、俺たちも」
好きだったはずがない。大学受験しか頭にない者の集まるこの学校では、
誰も美術の授業に真面目に取り組みやしない。どころか、美術なんてなければいい
と皆思っていて、5分かそこらで仕上げたような適当な絵を平気で提出する。
美術の時間に、他の教科の教科書を広げることを、悪いなんて誰ひとり思ってない。
そんな生徒たちを、そんな学校を、この人もまた好きなはずはないのだ。
美術教師としての仕事なんてたかがしれてるこの学校は、彼が画壇に出てゆくまでの
ちょうどいい腰掛けだったんだろう。給料を貰って、準備室をアトリエがわりにする。
ただそれだけのことだ。

吹き込む風に煽られて、テーブルの上の通知がかさかさと音をたてて踊った。

ふいに先生が、こちらに向き直った。肩越しに見える青空が、眩しくてどうしようもない。
「……君だって、君たちだってそうだろう?」
そう言って笑う先生の顔はひどくすっきりしていて、それが悔しくて仕方なかった。
俺は違う。言いたいのに、口に出せない。好きだったんだ。
素直に言いたいのに、どうしても言えない。
どんな荒んだ絵でも、かならずどこかを誉める寸評をつけて、全員に返していた。
穏やかな筆跡。思い出すと、震えそうになる。
うつむいて歯を食いしばった瞬間、先生が呟くように言った。
「嫌われ者の言い分だけど、でも、僕は君の絵が好きだった」


弾かれたように、俺は顔を上げた。
先生の、その笑顔が目に入った瞬間に堰を切ったように流れ出てきた感情を、
どう言葉にしていいかわからなかった。
呆然としたまま、何も言えずにいる俺に向かって、静かに先生が言葉を継ぐ。
「いつもていねいに、誠実に、描いてくれてうれしかった。
君の絵があるから、僕は好きだったよ、ここ」
見晴らしもいいしね。そう言って先生は、再び窓の外に向き直る。
窓枠に身を預けて外を眺める先生の後ろ姿から、目を離すことが出来ない。

先生いかないでよ。
思わず口に出した瞬間、先生の後ろ姿は、にじんでうまく像を結ばなくなった。

(*9さん素敵な萌えシチュありがとうございました!がっつり萌えました!)