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男ばかり四兄弟の長兄×姉ばかり四姉弟の末弟

 ぴぃんぽぉーん、という平和ボケをそのまま音にしたようなインターフォンが聞こえた途端に、
俺の周りをちょろちょろと走り回っていたチビギャングどもが玄関に突撃した。その数、三匹。
 「だれー?」だとか「なにー?」だとかうるさいったらない。あいつらのツルツルな脳味噌には
まだ『近所迷惑』という言語が刻み込まれていないのだ。そしてそれを刻み込まなければ
ならないのが俺。破滅的に面倒くさい。
 舌足らずな弟どもは興奮していて、余計に何を言っているのかサッパリ判らない。ので、客人が
誰であるのか、部屋の中まで出向いてくださるまで分からなかったのは事実であったのだが。
「やあ久しぶり、お兄ちゃん」
「うわぁっ先輩!?」
 敬愛する先輩に、ひよこ柄の黄色いエプロンでホットケーキを焼いているという、およそ格好
悪さの極致みたいな姿を見られただなんて、あんまりだった。

「いやー、まいったな、ホットケーキ焼いてるなんてさ。反則だよお兄ちゃん」
「先輩お願いだから……ホント後生だからその『お兄ちゃん』ってのヤメテくださいよ」
 ハイスピードでホットケーキを焼き上げ、ダイニングキッチンの皿の上にてんこ盛りにして放置し、
チビ猿人たちが喰らいつくのを確認してリビングに引き上げる。勿論エプロンは速攻で外す。
 それだけで心身ともに疲労が溜まる感じがするのに、加えて先輩の『お兄ちゃん』には正直堪えた。
「いいじゃないか。正直憧れなんだよ。『お兄ちゃん』て呼ばれるの」
 というのも、先輩はどうやら末っ子であるらしい。姉ばかり三人いるという話だ。俺はむしろ
先輩の環境に憧れる。
「ホットケーキ作らされるのにですか」
「まだマシじゃないか? 俺はクッキーにスポンジケーキ、パウンドもブラウニーもトリュフチョコも
手伝わされて覚えさせられたさ」
 壮絶な背景を髣髴とさせることをサラリと言って、先輩は「実はそれが原因なんだが」と、弱った
顔をして切り出した。
「ジンジャークッキーが我が家で大量に余ってしまったんだ。食いもしないのに姉が作ってな。
それで甘いものを消費できそうなお前の所に持ってきたんだが」
 先輩はそこでちらっとダイニングに眼をやった。ミニサイズ腹ぺこグール三匹はそろそろ大量の
ホットケーキを食い尽くすことだろう。しかしその上クッキーを食ったら流石に、夕食に響く。
「遅かったようだな」
「ビニール袋に入れて封しとけば、明日まで持ちますよね? 明日の三時に食わせますよ」
 良いのか? 助かるよ。と言って紙袋を差し出し、ほんわりと笑う先輩は妙に艶っぽい。
ジンジャーとバニラエッセンスの香りがふと俺の鼻を掠めた。今日も手伝わされたんですか。
うーん、いい匂いだ。

「今度何か余ったら、すぐ電話かメールするから。ごめんな」
「や、こちらこそすいませんでした、お構いもせず」
 所帯じみた俺のセリフに先輩は爆笑した。

「じゃあな」

 俺がそのクッキーを弟たちに与えることなく、ひとりで平らげたのを先輩が知るのはずっと後のこと。
 先輩がそのクッキーを手伝わされてでなく、自主的に作って俺に届けたのを俺が知るのは、更に
もっと後のことである。