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お墓参りの帰り

静かに晴れた日曜日、手持ち無沙汰の昼下がりに
からんからんと音を立てて小さな古い喫茶店の扉を開ける。
一年ぶりの店内はかわらず穏やかな光と香ばしいコーヒーの匂いに満たされていた。
緑の見える窓際の席にすわりコートを椅子の背にかけるタイミングで
上品な初老の店主が古びたメニューをそっと差し出してくれた。
コーヒーにはさっぱり詳しくないので呪文のような品種名にざっと目を通しただけであきらめ、
いつものようにお願いする。
「ブレンド」
「かしこまりました」
ひといきついて柔らかな光の中頬杖をつく。
煙草を吸おうとして胸ポケットに手を入れたが、ふとあいつの声を思い出してやめた。
ここは薫りを大事にする店だとうるさく言っていたっけ。
(ブレンド、だってよ)
(苦いの駄目なくせに)
(うるさいな)
そもそも一年に一回しか飲まないんだから慣れるわけはないんだけど。
同期で入社したあいつがよく自慢していた故郷の小さな喫茶店。
酔っぱらうとときどき小さな声で帰りたいと呟いていた。
海の見える風の吹く丘の上に毎年一度だけ会いに来ることになってもう数年たつ。
ガラス窓越しの暖かい日射し、遠く聞こえる小さな海鳥の声に目を細めると
ことり、と目の前に素焼きのコーヒーカップが置かれた。
ふたつ。
「あの…?」
立ちのぼる湯気の向こうにやわらかく笑う店主。
「御友人にも」
ことこととポットの立てる暖かい音のなか深いバリトンが静かにそういった。
あいつが好きだったコーヒーはいい薫りがしたけれど、今年も少し苦かった。