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大御所×巨匠

「では、後藤進十郎原作『みほとけの指』、七場面の続きから読み合せ
を始めます。よろしくお願いします、先輩」
「あいよ。二人しか登場人物のいない所だと本読みも気楽でいいよな。
こっちこそよろしく、巨匠」
「ちょっと待った。何です、その巨匠って」
「何だ、台本じゃなくて原作の方、読んでねえのか。この『みほとけの
指』はだな、文壇の大御所と言われる後藤が幽谷に分け入り、卓抜した
技能を持ちながら仙人じみた隠遁生活を送る職人と親睦を深める自伝
小説なんだよ。その生き様、作品に感銘を受けた後藤は自作の中で
彼の事を『巨匠』と呼んでるんだ、だからその職人を演じるお前は
巨匠だ分かったか。分かったらオレのことは大御所と呼べ」
「分かりはしましたけど、大げさだよなあ、呼び方から決めるなんて、
電車ごっこみたいだし。でも芝居なんて格好から入るもんだし」
「独り言が多いぞ巨匠、さっさと始めよう。ほらト書きのとこ読んで
やるから。ええと、『山深い草庵の中。向かい合って座る二人。緊迫
した空気が流れる。後藤の申し出に驚き、拒絶する巨匠』、ほれ」
「『所詮凡俗なるそれがし、高邁なる後藤様のお気持ちは到底量れま
せぬ。深山に潜み、笹に降る霜のみを友とする身上に、何の不満もあり
ませなんだ。それを、貴殿、今こそ人の熱でもって槍の如く、それがし
の内に突き入ろうとはまこと剛直、無体な仕業にございます』」
「『何を言われるか巨匠殿、しなやかなそなたよ、美の極みよ。何ぞ
放っておけるものか。この身をもって思い知るが良い、我が体は、
積もる霜をも溶かして見せよう。さあ、いざ、いざ、いざ!』」
「『止しませい後藤様、止しませい、止しませい、ああ』。あの」
「そこの台詞は全体的に、もっと詠嘆した方がいいんじゃないかな」
「あの、オレ何度読んでもピンと来ないんですが、この二人、一体
どういう関係なんです?台本はまだ途中までしか渡されてないし」
「さっきも言ったろ、親睦を深める大御所と巨匠」
「ええ、大御所作家と竹細工、特に耳掻き作りの名手とされる職人が
主役なんですよね。で、さっきのシーンは、自分の作品は自分の身で
もって使い心地を知るべきだと主張する大御所が、職人である巨匠に
膝枕で耳掻きをしようと強硬に迫る所なんですよね」
「よく分かってるじゃないか」
「オレ達は白髪のかつらを被ることになってるし、大層な呼び方を
されるくらいだから、二人ともええ年なんですよね」
「そうだな」
「自伝なんですよね」
「まあな」
「やっぱり良く分からないな。この二人、ほんとにどんな関係
なんだろう。詳しく聞こうとしても、誰も答えてくれないし」
「だろうなあ」
「そうだ、先輩は原作を読んで、筋をご存知でしたよね」
「よっしゃ、こうしよう。役が掴めないなら、その人物と同じ体験を
してみることも役に立つ。こっちゃ来なさい」
「何です、耳掻きなんか取り出して、どこに隠し持ってたんです。え、
いやですよ正座なんかされてもオレいやですって男に膝枕されるの」
「ま、いいから」
「いやですってば!膝叩いたりして何、催促してるんですか話聞い
てよ耳垢詰まってんの先輩の方じゃないですか、ああ、んんんんん」