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着物の男と女装の男

「ね、見て見て~」
薄暗い照明の中、かけられた声のまま視線を上げると振り袖の着物を着た……心は淑女、が嬉しそうにくるりと回った。
「まぁ~ゆきちゃんってばどうしたの、それ?」
凍り付いたようにその姿を見て動けなくなった自分の変わりに、女言葉が似合わない低い声が尋ねた。
「ふふふ、今日は成人式だからちょっと気合いいれちゃった」
「あんたなんかとっくの昔に成人終えちゃってるでしょ!そのあっつい化粧じゃどう見ても20歳には見えないわよ」
「ひど~い。ね、佐藤さんあたしまだまだいけるわよねぇ?」
隆々とした肩を見せるタイプのドレスや、筋肉満載のおみ足を見せつけるようなスリットの入ったチャイナドレスに身を包んだ、
オカマバー『さくら』の面々に押しつぶされるように座っている自分にゆきちゃん、と呼ばれた彼女(店ではそう言わないとえらい目に遭わされる)が科を作って話しかけた。
「え、ああ、うん…良いんじゃない」
その着物。と最後までは言わずにテーブルにおかれたグラスに手をつける。
汗をかいたグラスは、店に入ってからも付けたままの手袋をじんわりとしめらせた。
実際のところ和服のことはさっぱりわからないが良い物であることは一目見てすぐにわかった。
「ほら~やっぱりわかる人にはわかるのよ!あたしの良さが!」
「佐藤ちゃんはあんたじゃなくて着物を褒めてんのよ!」
「そうよそうよ!調子に乗っちゃだめよ!」
やいのやいのと野太い声でからかわれたゆきちゃんはふくれっ面をしながらも、狭いボックス席の中に無理矢理押し入り自分の隣に腰掛けた。
座る際にも着物の裾捌きに注意を払い、振り袖を綺麗に整える。
ゆきちゃんは昔から、口が悪くてもどこか品のある仕草をしていた。
「それにしても何で着物なんか着てるわけ?」
「だからぁ、成人式にちなんでってさっきゆきちゃん言ってたじゃない!やーねーあんたもうぼけてんじゃないの?」
「ひっどいこと言うわ~。でもそうね、成人式なんて懐かしすぎるわぁ。」
もう5年も経つのね、という声に一同はうんうんと頷いた。
まだ5年しか経っていないのかと思った。高校を卒業してから7年しか経っていないのか、とも。
「あ、あたし成人式の写真持ってきちゃった」
そう言ってゆきちゃんは手に持っていた、着物の柄に合わせた巾着から小さなフォトアルバムを取り出した。
わっと場がにぎわい、見せて見せてという声に逆らうようにゆきちゃんは隣に座っていた自分にフォトアルバムを開いて見せた。
「ね、佐藤さん覚えてる?このときみんなで写真撮ったわよね~」
見せられた写真はスーツや袴だらけで、振り袖なんていう華やかな存在はいなかった。
それでもみんな楽しそうにカメラに向かってVサインをしている。高校を卒業してから久しぶりに会ったこともあってテンションが高かったのだろう。
総勢10人の写真を懐かしい気持ちで見つめ、この頃は良かったと感慨深い気持ちになった。
「佐藤さん、やっぱりスーツに着られてる感があるわよね~」
「そうそう成人式で佐藤ちゃんに会ったとき開口一番にゆきちゃんが言った言葉、私覚えてるもの!『佐藤お前スーツに着られてるべ!つか成長してねぇ!!』」
声音まで真似して言ったチャイナドレスの発言に自分とゆきちゃん以外はどっと笑った。
「やだあ…そうだっけ?そんなひどいこと言ったかしら」
「言ったわよ~その上『お前相変わらずちっちゃいな~…下も成長してねえぇんじゃないの?』ってセクハラまでしてたわよ!」
頬を赤らめて言ったゆきちゃんの発言にチャイナドレスはそう返し、また笑いが起こった。
ゲラゲラと笑う彼らの声は高校を卒業した頃と大差無いんだよなと思う。
このオカマバー『さくら』は自分が高校時代、生徒会を運営していたメンバーで固められている。自分もその一人だった。
店名は通っていた高校にちなんだ名前だ。大きなさくらの大木があって、その桜が満開のときに木の下で告白すると結ばれるなんていうジンクスがあった。男子校なのに。
実際のところ桜が満開の時期は毛虫がよく降ってくるので誰も近寄らなかった。
何がどうなって彼らでこのオカマバー『さくら』を開くことになったのかは地方の大学に行った俺は知らない。
こっちに就職を機に戻ってきて、飲み屋が多いこの近辺を同期の連中と歩いているときにゆきちゃんに捕まった。どこからどう見ても男の身体に女物のドレスをまとったゆきちゃんに。
それ以来何かとあっちゃここに連れ込まれている。『さくら』の誰それの誕生日だったり、開店何周年のパーティーだったり、季節のイベント日だったり理由は様々だ。
様々だったけれど、逆にゆきちゃんは理由無く自分をここに連れてくることもなかった。
「で、ゆきちゃん?佐藤ちゃんを連れてきた今日の理由は何かしら?」
「そうそう~。ゆきちゃん何かないと佐藤ちゃん見せてくれないじゃない!」
見せてくれないって、自分は物じゃないんだから…と返そうと口を開いこうとしたらがっしと左手をゆきちゃんに掴まれた。
瞬間ゆきちゃんが何を考えているかを悟り手袋を取られないように手を握りこんだ。
正確には握りこもうとしたが間に合わず、手袋をはぎ取られみんなに見えるように左手を持ち上げられた。
「まぁ!すてきぃ!!」
「ペアリングね!」
野太い声で上がる歓声に満足したようにゆきちゃんはあでやかに微笑んだ。
自分とゆきちゃんの左手の薬指にはシンプルでありながらも高い、お揃いの指輪が光っている。
「結婚したら振り袖は着られなくなるでしょう?だから最後にって思って今日着てきたの」
「けっこん?!」
ゆきちゃんの突然の発言に驚いて手を掴まれたまま立ち上がった。
「何だよそれ?!いつそんな約束したんだよ!」
「あらぁ、覚えてないの?昨日の晩言ってたじゃない。結婚しましょって言ったらイイって」
「昨日の晩?………!ちがう、あれはそう意味じゃないだろう?!」
昨晩、と言えばいつの間にか住み込んでいるゆきちゃんに寝室に引きずり込まれた後だ。
そのときのゆきちゃんの顔は獲物を巣に持ち帰る猛禽累系の顔だった。
「あらぁ、そう?」
「そうだよ!つかああいうときに『イイ』って言ったら別の意味に決まってるだろ?!」
「『何してももイイから早く』って色っぽく言ってくれてたわねぇ」
「『何しても』じゃない!『何でも』だ!!由樹也!あんまりいい加減なこと言ってんじゃねえよ!」」
「佐藤こそ。男が一度言った言葉を撤回してんじゃねーよ」
のらりくらりと自分の言いようにしか解釈しないゆきちゃんについ家での呼び方が口から出た。
それにつられてゆきちゃん…由樹也も女言葉ではなく、昔のような口調に戻る。
ぎゃんぎゃんとはしたない言い合いをしているということを自覚する以前に、なんとしても結婚を撤回させたくて必至になっていた自分には『さくら』の面々が
「あんな牽制しなくても人妻には手を出さないわよ。ねえ?」
「あらやっぱり佐藤ちゃんが人妻なの?」
「夜はそうでしょ」
「でも掃除洗濯料理、ぜーんぶゆきちゃんでしょ?」
「家事が妻の仕事、なんてあんた頭かったいわねえ」
「ちょっとお、それよりもあの二人のお式をいつにするかが問題よぉ?」
「ええ?佐藤ちゃんがなんか必至に撤回しようとしてるけど?」
「無駄よぉ、ゆきちゃんの恋心は筋金入りだもん。なんだかんだで佐藤ちゃんは最後には折れると思うわ」
「高校んときからそうだったもんねぇ…じゃあまず花嫁衣装はどっちに着せるべきか、から話しましょ」
そんな風に頭を寄せ合って相談している声は全く耳に入っていなかった。