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日曜大工

バイトの夜勤明けでロクに寝ていない。
頭も身体も、深い水底に沈み込んだような重さを湛えたままの日曜日、朝8時。
根っから朝型、こんな時間からハイテンションなあいつが、カナヅチとノコギリ、そして大小様々数枚の板を抱えてやってきた。
「あれ、ゴメン。寝てた?」
あたりまえだろ馬鹿野郎!
俺の生活パターンも夜型体質も熟知しているはずのあいつは、そんなことはたった今知りました、みたいな顔をして、
へらっと玄関先で笑って見せた。
「…何しに来た」
「うん、あのさ。急に思い立っちゃって。ほら、俺、手先器用だろ?特技は日曜大工ってくらい。実家のトイレの棚も庭にあるゴンゾーの小屋も、俺がまだ中学生の頃に作ったヤツなんだよね」
「…それで?」
「うん、それでさ。さっき起きて、外見たらやけに天気がいいからさ。もうこれは日曜大工日和だなぁと思って。なんだか天気の上に
カレンダー見たらお日柄もいいし。こりゃもう俺たちが一緒に住む家を建てるしかないなってそう思って」
立て板に水のごとく、ずらずらと言葉を繋げながらもちゃっかりとしたあいつは、俺に断りもなしに部屋の中へと入ってきて、
決して広くはないワンルームマンション、つまり居間兼食堂兼寝室の中央に、これまた持参の青いビニールシートをびらっと広げた。
「あ、まだ眠いんだろ?寝ててもいいよ」
って、寝てられるか馬鹿野郎!
「おまえ人の部屋にいきなり来て何してんだ!っていうか日曜大工じゃ家は建たねぇし、そもそも俺はお前との同居を承諾した
覚えもないし!」
「え~なんでぇ?先週のゼミの飲み会の時、言ったじゃん。同居すれば部屋代も電気代も食費も独り暮らしより安く上がるよなーって」
「ありゃ一般論として、お前がそう言ったことに対して俺が『そうだな』って同意しただけのことだろ!」
「うん、まぁそうとも言うかな」
「そうとしか言わねぇよ!」
と、ここまで叫んだところで、俺の普段はなけなしの血圧が悲鳴を上げた。
くらりと目眩がして、俺は糸の切れたマリオネットみたいにベッドの上にすとんと腰を落とす。

「あああ、朝からそんなに喋るからだよ。ほら、横になってなよ」
誰のせいだと思ってるんだ馬鹿野郎!
と、叫びたかったけれど、そんな一言すらも億劫で。言われるままにベッドに身体を横たえた俺に、ふわんと掛布団を被せたあいつは、
「眠ってていいよ」
なんて、子供にするみたいにポンポンと、布団の胸辺りを叩いて言った。
この部屋は俺の部屋なんだからお前に言われるまでもない、と反論したかったけれど。
ひどい睡魔に襲われた俺は、そのまま眠りの中へと入ってしまった。泥のような眠りの途中、何度か木を削る音や軽く打ち付ける音に
意識を戻されそうになったけれど、それは不快と言うよりはどこかリズミカルで耳に優しくて、俺は満足するまで深く眠り続けた。

…不意にぱっかりと目を覚ますと、既に窓の外はオレンジ色に染まり始めていた。
ここ最近、バイトにレポートに忙しくて、こんなにたっぷりと満足するまで眠ったのは久しぶりだった。
「あ、起きた?」
頭の上から声がして、視線を上げるとそこには満面の笑みのあいつ。
「…まだいたのか」
「うん、そりゃね。家を建てるのはやっぱり一日掛かりだよね」
まだ言うかと思いつつ、たっぷりの睡眠で随分楽になった身体を起こして、全身で伸びをする。
ああ、腹が減った。
「あのさ、手、出して」
「手ぇ?」
「うん、両手を広げて」
何か食い物でもくれるのかと思った俺は、何も疑うことなく言われままに両手を差し出した。するとあいつは、後ろ手に隠し持っていた
それを、俺のてのひらにちょこんと置いて。
「さすがに時間なくてさ、平屋建てなんだけど」
どこか悔しそうな口調でそう言った。
それは広げた両手にちょうど収まるくらいの、精巧なミニチュアハウスだった。真新しい木の匂いの、手触りの温かい。
「屋根がね、取れるようになってるんだ」


そう言ってあいつが取り外した屋根の下は、いくつか四角く空間が遮ってあって、ところどころにベッドやテーブルや風呂にキッチンと
思しき物が、これまた同じ木材で拵えて配置されていた。
お前どんだけ起用なんだよと、突っ込みを入れたくなるほどのそれは巧みさで。
「こっちがリビング。南向きで窓を大きく取って、自然光のたくさん入る空間にしようと思って。で、それを軸に一応動線を考えて、
移動しやすいように他の部屋を配置したつもりなんだけど」
どうかな?と問われて、俺は思わずこれを見た時の最初の疑問を、するりと口に出してしまっていた。
「…何で寝室がふたつあるんだ?」
「何でって…」
ちょっと困ったような、大いに嬉しいような声にそう繰り返されて、俺は思わず『シマッタ』と、口の中で呟いた。
「あー、いや。そうだよね。うん、寝室はふたつもいらないよね」
「い、いや、今のは一般的な疑問であって」
「じゃあ、こっちの部屋は書庫とか物置にしちゃって、リビングの隣の、こっちを寝室にしようね」
あいつはそう言って、書庫(仮)からベッドをひょいっと摘み上げると、寝室(決定)の部屋に既に置かれているベッドの横に、
くっつけるようにしてそれを置いた。
「となるとベッドはダブルで必然だよね。家の外には広い庭を作って、大きな犬を飼おうよ。洗濯物も干せるように物干し台も作ったほうがいいな。夏にはビアガーデンができるように、椅子とテーブルも置かないとね」
どんどん夢が膨らんで行くあいつの言葉に簡単に頷けるはずもなく、しかし反論もできないで俺はぼけっとてのひらの家を見つめた。
こんなに優しい、温かい家。本当に住めたらどんなに幸せなことだろう。
「一緒に暮らせる時が来るのが本当に楽しみだな。俺、頑張るね。絶対にいつか、俺の手で建ててみせるから」
ってちょっと待て。
お前マジで、これを自分ひとりで建てるつもりか?そんなの、一緒に暮らせるって、一体いつの話しなんだよ。
そんな些細な質問もできなくて、
「だから俺は同居を承諾した覚えはないんだって言ってるだろ。バッカじゃねーの」
そんな悪態を吐きながら、精一杯に、真っ赤に染まっているだろう顔を逸らせた。