点と線
今、俺の斜め向かいで、ゼミの助教授が講義をしている。
左手で専門書を押さえ、右手の人差し指でテーブルの端を叩きながら、
小難しい顔で小難しいことを朗々と話している。
周りの奴らはそれに聞き入っていたり、ノートにペンを走らせていたりしている。
俺もノートを広げて講義に聞き入っている……振りをしている。
ノートには、講義の内容など一文字も書かれていない。
斜め向かいに視線をやって、俺は軽くため息をつく。
そりゃ、ね。
確かに俺は、周りにバレないようにしようと言いましたよ。
俺はいいとしても、向こうは社会的地位とかあるわけで。
大学で教鞭とってる人間が教え子と付き合ってるなんてバレたら、色々と問題があるし、
しかも、俺は男で相手も男なわけで、危険度は更に倍率ドン。
ところが向こうはそういうものに頓着がなかった。なさすぎた。
ゼミが終わった直後に「今日はどうする?」と聞いてこられたときは本気で眩暈がした。
本人曰く、「そうなったら、そうなったときに考えればいいだろう」とのことだったが。
「あんたはそれでいいのかもしれないけど、俺が良くない。
あんたの講義が受けられなくなるのは嫌だ。平穏無事な学生生活が送りたい」
とか色々言って、頑固な相手にとりあえず一つ約束させた。
周りに大学関係者がいるときに恋人という立場からの呼びかけ・発言はしないこと。
とは言っても、今日の予定とか飯とかその他諸々、ちょっとした用事はお互いに出てくる。
大学にいる間、その手の用件にまで口を閉ざすのは難しいだろう。
そういう話に展開した。
俺は携帯のメールでやり取りすればいいと普通に考えてた。
だが甘かった。
俺が好きになってしまった相手は、何かが致命的にずれていた。
今、俺のノートには点と線が羅列されている。
小難しい顔で小難しいことを話している助教授の、人差し指。
(モールス信号案却下……さて、どうやって説得するかなぁ……)
最終更新:2012年02月09日 18:24