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38歳

飲み会の帰り、家が近いからと言う理由で後輩の沢村とタクシーに同乗して帰った。お互い今夜は
相当飲んでいたから酔い覚ましをしようと、家から少し離れた所でタクシーから降りた。元来人懐
っこい性格の沢村は、酔っているからか更に多弁で、俺達の会話が途切れる事はない。月明かりの
下、大の大人二人でふらふらと、ぶつかったり離れたりしながら歩く。ふと、年齢の話になった。
「俺、もうすぐ30歳っすよぉー」
「ばぁか。だったら俺は40だっつーの」
「あれ?あ、そっか。岩田さん俺の10上ですもんね。38。俺はー、28ぃ!」
「んだよ、年食ってて悪かったなぁ!」
「いやいや、でも俺、岩田さんみたいに年とりたいっす。かっこいいもん」
「…おだてても何もでねぇぞ」
軽口で返しながら、肩に置かれている手と「かっこいい」と言われた事にどきりとする。酒で隠して
いた10歳下のこの後輩への想いも、目的の通り、酔いが覚めてきたのか思い出す。
「岩田さん結婚してないし、まだ恋愛も現役っすよね。駆け引きありの、大人の恋愛ってヤツ、地で
行ってる感じっすか?あ、それとも年下?どっちでもかっこいいなぁ」
違う。本当は毎日お前への気持ちで悩んでる。そんな言葉を辛うじて飲み込む。沢村の酔いも段々覚
めてきている。そんな事言える訳がない。酔っていたから、ではすまされない。
「この年になると、親も彼女も結婚結婚うるさくて…、俺は別にする気ねぇのに」
結婚。彼女。嫌な言葉が渦を巻く。酒が抜けたと思ったら、今度は目の前が真っ暗だ。沢村の声が遠
くに聞こえる。
「ま、それが嫌でこの前別れちゃったんですけど…。あれ?聞いてます?」
「……」
「おーい。岩田さーん」
「…、ちまえよ」
「え、なんすか?」
「しちまえよ、結婚」
「え、だから別れた…って、ちょっと、何泣いてんすか!」
「うっせーな!涙腺弱くなってんだよ。40近い、トシなんだから!」
ワイシャツの袖でぐいぐいと俺の顔をぬぐってくる沢村を突き飛ばす。けれど、逆に押さえ込まれて
腕の中に閉じ込められた。
触るなよ。だってお前彼女いるんだろ?結婚期待されてんだろ?俺は、お前と違って若くないんだ。
38歳だぞ。そんな歳で、今更恋で悩んでんだ。大人の恋愛なんかしてないんだ。駆け引きなんてでき
ないんだ。お前が憧れてるような人間じゃないんだ。かっこ良くなんかないんだ。恋焦がれて辛いん
だ。頼む。触るな。このままじゃ勘違いする。だって、俺は。俺は。
「お前が、好きなんだ」
泣き顔のまま、確かにそう声に出してしまった筈なのに、沢村は俺を離さなかった。
「岩田さん…かっこいいんじゃねぇんだ。可愛いんだ」
そう聞こえたのは、俺の空耳かもしれない。