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敬語ガチホモ×関西弁ノンケ

「栖本さん、お願いですよ」
「いやです」
できるだけそっけなく言ったつもりだったが、彼はひるんだ様子もない。
むしろ、どこかうっとりとも見える表情で小さなため息をついて、
「まあ、そういう……ね、そんなところも、また」
と意味のわからぬことを言った。

坂下さんのお願いは何度もされたからわかっている。俺の「大阪弁」が聞きたいというのだ。
「大阪弁じゃないです、兵庫のほうですから。それも、俺のは相当おかしいですよ」
俺の母は、兵庫を離れこの地に嫁いでも関西弁を忘れなかった。
その言葉で育てられた俺は、酔った時だけ関西弁になるらしい。
「忘れられないんですよ、あの夜の栖本さん」
坂下さんが耳元でささやくように声をひそめる。
なんだかやらしい雰囲気に、耳がこそばゆい。

関連会社の坂下さんとは、先般一緒になった企画の懇親会で初めて飲んだ。
それまでも気が合う人だなという気がしていたが、飲む相手としてはまったく申し分なかった。
もう一杯、もう一軒、と飲みすすむうちに人数も減り、気安いカラオケになって。
「ええやん、歌うてよ。俺、坂下さんの美声がもっと聞きたいわぁ」
「もう歌いましたよ、栖本さんこそ何かどうぞ」
「俺もう喉がらがらやもん、さっきの坂下さんの平井堅めっちゃよかったわ、アンコール! アンコール!」
「ネタ切れです、あとは下手ですよ」
「じゃ、おんなし曲で許したるよ。聞きたいなー! 坂下さん、ものすごタラシっぽい歌い方なんやもん」
……思い出せばまさに傍若無人な酔っぱらいっぷりに顔が熱くなる。
でも、そのときは許される雰囲気につい気を許してしまったのだ。
坂下さんは「しょうがないなぁ……」と苦笑いして、
「栖本さんにそんなふうに言われたら断れませんよ」
と2回目の『POP STAR』を入れてくれた。

「栖本さん、お願いがあります」
翌々日、仕事で顔を合わせた彼が切り出したのが「僕には大阪弁で話してほしい」というものだった。
「酔ったときしか出ないんです。それにずいぶんおかしな関西弁ですから恥ずかしいです」
そう断ったのだが、なかなか引き下がらない。
しばらくは仕事で夜が遅いものだから、もう一度飲みに行くことも当面はない。
打ち合わせをしながら、原稿をチェックしながら、仕事の合間にコーヒーを飲みながら。
気づくと、探るような目で見られていて、期待されている。
……なんでそんなに俺に関西弁をしゃべらせたいんだろう。

いつの間に。いったいいつの間にこんなことになったのか。
坂下さんはとても手慣れていて、明らかに初めてではなかった。
もともとこういう嗜好の人だったのだと、俺は今更ながらに気がついた。
「成功です」
距離の近い人だと常々思っていたが、今はもっと近いところで俺の耳に唇をおしあてる。
「なにが?」
身じろぎしようにも、汗にぬれた体は密着してくっついてしまって。
「成功って言われても俺、もう最後のほう、ようわからんようなってたけどあれでよかったんやろか……」
「やっと俺の手に落ちてくれた、ってことですよ」
「なにそれ! そんなんちゃうよ!」
「栖本さん、今可愛い関西弁じゃないですか、それが成功の証です」
「そんなん……俺、変やからいやや。大丈夫、元に戻します」
「ああ、そんなのだめ、だめです、苦労したんですから」
とがめるような小さなキスが降りてきて、俺を黙らせた。
「……ずっとコンプレックスだったから、家族以外には話し慣れてないんだ」
実際、しゃべれと言われてしゃべるのもおかしなものなのだ。どうしても言い訳してしまう。
でも。
「……でも、おかしくてもええよって坂下さんがゆうてくれるのが、俺、ちょっと、ほんま、なんていうか」
「おかしくないですよ、可愛いですよ」
坂下さんは何度もキスをくれながら言った。
「気づいてませんか? あなたの関西弁は、心を許してくれてる証拠です」