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本屋の店員×BL本を買う常連

「……これをお探しですか?」

勇気を振り絞って声をかけると、棚の前にいた男性は驚いた顔をこちらに向けた。

「そう……だけど」
「やっぱり。今、そこの平積みスペース空になってるでしょう。実は午前で完売しちゃったんです。これは、慌てて取り寄せた補充分で」
「なんで分かったの?」
「え?」

男性の目には、戸惑いの表情が浮かんでいた。
その視線に、今更ながら我に返る。
そうだ、確かに、書店のたかがバイト店員が客の買う本をここまで熟知しているのはおかしい。
……この店員が彼の買った本をあとから追いかけて読んでしまうぐらいに、この客に思いを募らせてでもいなければ。

「えーと、それは」

思わず目が泳ぐ。どうしよう、何か納得のいく理由を探さなければいけない。
好かれなくてもいい、せめて不審に思われずに、嫌われずにこの局面を乗り切るアイデアを。
アイデアを……

「……僕も、この人の作品が好きだからです」

言ってしまった。
その言葉に、男性は「えっ」と呟いたまま硬直する。
無理もない。なぜなら、お客さんが探していたこの本は、自分が今堂々と好きだと言ったこの本は、ボーイズラブだからである。

「……毎月この人の作品が載った雑誌を買って行かれますよね。新作が出たら、それも必ず。
僕もこの作家さんが好きだから、ちょっと印象に残っていたんです。ほんとに、それだけです」

ほとんど嘘は言っていない。強いていえば、この客の顔を覚えるのとこの作家にハマるのと、その順番が違うだけである。
実際、「一目惚れの相手が何を読んでいるのか知りたい」という好奇心から読み始めたものだったが、今では自分から新刊を予約するぐらいにはのめり込んでいた。

「だって、なかなか引き込まれるものがありますよ、この人の文章。心理描写が巧みで、設定にもリアリティがあって……」
「そうかな」
「そうですよ。特に、最新刊の書店員と客の話!同じ書店で働いてる身としては、尚更臨場感があってドキドキさせられました」
「それは、うん……よかった」
「他にも……」

と、そこまで話してから、ふと男性の顔が見たこともないぐらい赤くなっているのに気が付いた。
僕は息を呑む。
しまった。またやりすぎた。
元々、レジに人が少ない時を狙ってこっそり本を持ってくるような人だった。
同好の士とはいえ、こんなコーナーの真ん中で長々とこんな話に付き合わされたら相手だってたまったものじゃないだろう。

「ご、ごめんなさい、少し喋り過ぎました。これ、お探しのものはお渡ししておきますので、あの、よろしければ、また……」

単行本をぐいと押し付け、その場を離れようとする。
と、何故かその腕を男性の手が掴んだ。

「ここで」
「え?」
「ここで、こんな話ができるとは、思ってなかった。……あなたとも」

遠慮がちに掴まれた腕に、湿った体温がほんのり伝わる。
男性は耳まで赤くしながら、すがるような視線をこちらに向けた。

「こんなことを言うと、おかしいかもしれないけれど……また、来てもいいだろうか」

僕がこの急転直下の超展開に、どう答えたかは覚えていない。
ただ、嬉しさで頭がパンクして、持っていた伝票の束をばさばさとぶちまけたことだけは確かに記憶している。



それから、彼は前よりも高い頻度でこの店に現れるようになった。
彼と僕が、実はお互いに片思いをしていたことを知るのは、この少し先の話である。
それから、巧みな心理描写とリアリティ溢れる設定で僕をすっかり虜にしたBL作家が、
実際は口べたで照れ屋な書店の常連客だったことを知るのも、また先の話である。