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甘党な男前受け

 ジャン=ポール・エヴァンにヴィタメール、モロゾフ、極めつけは一番上に乗っかっているゴディバ。
 一抱えもある紙の手提げ袋の中には、色とりどりの、一目で本命と分かるようなチョコレートが溢れていた。
 小鳥遊は甘いものはにおいをかいだだけで気分が悪くなる、生粋の辛党である。
 その小鳥遊がなぜチョコレートのメーカーなどに詳しいのかと言えば
 小鳥遊の後ろで上機嫌でローテーブルの上に料理を並べている男、藤崎のために必死で勉強した成果であった。
 ――なんでこんな物がここにあるのか。
 紙袋の前で、途方に暮れる。先程まで浮かれまくっていたのが嘘のように、小鳥遊の身の内に嫉妬や不安感がもやもやとわき出てきていた。
 草食系のステレオタイプを体現しているような外見の小鳥遊と違って、藤崎はモデル張りの長身に少々強面ではあるが精悍な顔つきで、かなりモテる。
 そして大の甘党で、洋菓子、特にチョコレートに目がないのだということを隠してもいないから、昨年のこの時期も溢れるほど
 チョコレートをもらっていたのは、小鳥遊も知っていた。
 ――けれど、
「小鳥遊、もうこっち見ていいぞ」
 背後からかかった声に、小鳥遊はびくりと振り向く。振り返った小鳥遊の顔色を見た藤崎が、途端に眉を寄せた。
「どうかしたのか?」
「なん、でもないです」
 答えあぐねて、かろうじてそう返す。
「なんでもないって顔じゃないだろ」
 心配そうな顔で、座っている小鳥遊に藤崎が近づいてくる。小鳥遊は反射的に顔をそらしていた。
 小鳥遊のすぐ後ろで、藤崎が戸惑ったように足を止める。
「俺なんかしたか?」
 違うと首を振ってみるが、説得力ゼロなのは小鳥遊自身よく分かっていた。
「ホント、なんでもないですから」
 言いながら、小鳥遊は無意識に横に置いてあった自分の鞄を握りしめた。
 視界の隅で存在を主張する、チョコレートの入った紙袋から頑なに目をそらしたまま。
「小鳥遊」
 強い声で名前を呼ばれ、小鳥遊の背に緊張がはしった。

「隠し事するなとは言わんし、隠したいなら詮索する気もないけどな、言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。俺は察しのいい方じゃ
ないし、どうも無神経なところもあるみたいだから、俺が小鳥遊を傷つけたり、嫌なことしちまったんだったら、隠さないではっきり言って
欲しいんだよ」
「ちっ、ちがいます! そうじゃ、ないんです……」
 慌てて否定するが、その勢いもすぐに失速する。元々ゲイだった小鳥遊と違って、藤崎はノンケだ。
 以前は普通に女と付き合っていたことも知っている。小鳥遊は藤崎を拝み倒して
 半ば泣き落としのような状態で交際に持ち込んだ自覚があるだけに、常に不安が胸の内にくすぶっていた。
 だから、すぐに弱気になる。どうしても拭いきれない不安感が、胸を浸食する。
 堪えきれず、小鳥遊は部屋の隅に置いてある紙袋へと視線をはしらせた。
「あの紙袋は……」
 それ以上は言葉にならず、うつむく。小鳥遊の視線を追い、けれど藤崎は怪訝な顔で首をかしげた。
「あれがどうかしたのか?」
「なっ」
 愕然とした顔で絶句した小鳥遊に、藤崎は困惑した顔になる。
「なんだよ」
「ちょ、チョコレートでしょ? あれ」
「そうだけど」
「なんであんなもんがあるんですか! そりゃ、オレが頼み込んで、付き合ってもらってるようなもんだし、藤崎さんがチョコレート大っ好き
なのは知ってますけど、あんな、あんな、本命っぽいのばっかり、」
「は?」
「もらったんでしょ? 去年みたいに、うれしそうな顔で――」
「何言ってんだ。今年は一つも受け取ってねぇよ。付き合ってる奴いるからって、全部断ったよ」
「へ?」
「あれは俺が買ってきたやつ」
「は? 藤崎さんが?」

「そ。あぁ、それで変な顔してたんか。悪かったな、誤解させて。この時期の限定物、食べてみたくてな」
「なんですか、それ……」
 安心したような、微妙なような、妙な心持ちで小鳥遊は眉尻を下げた。それを察したのか、藤崎が小鳥遊に目線を合わせるようにしゃがんだ。
「ごめんな」
「や、オレも、訊きもしないで勝手に突っ走っただけですから」
「それだけじゃなくて、俺が買ってきたの自体も、嫌なんだろ?」
「ちが、いやとか、そうじゃないんです」
「俺でも分かるくらい顔に出てるっつうの。つか、俺も考えが足らんかった。考えてみりゃ、小鳥遊が作ってきてくれたチョコがあるんだし、
買う必要なんて無かったんだよな」
 藤崎のそのセリフに小鳥遊が硬直した。
「俺の勘違いだったか?」
「や、勘違いじゃない、デス。え、でも、なんで知って」
「お前ンち行ったとき、チョコ菓子のレシピ本があるの見ちまったんだよ。なんつうか、肝心なとこで詰め甘いよな」
 返す言葉もなく、小鳥遊は観念して鞄から自作のトリュフ入りの箱を取り出した。
 先程鞄を握ったときに一緒に握ってしまったせいか、箱の形が少しゆがんでいた。
 それを見て、色とりどりの箱を見た瞬間の劣等感が一瞬よみがえったが、それも受け取ってくれた藤崎の全開の笑顔一つで帳消しになる。
「ありがとうな。これなら来年も買いに行く必要ねぇな」
「それって……」
「来年も作ってくれんだろ?」
 感極まって言葉も出ず、小鳥遊がコクコクと頷く。
 うれしさのあまり抱きしめようとした小鳥遊の手は、しかし、藤崎が立ち上がってしまったため空振りに終わった。
「次は俺からだ」
 いいながら、藤崎が小鳥遊の腕を引っ張って立たせる。言われてから初めて、小鳥遊はテーブルの上に並んだ料理を見た。
 テーブルの上には、めかぶと三つ葉のわさび和え、サンマとミョウガの酢の物、砂肝のキムチ炒め、アサリの酒蒸しが並んでいた。小鳥遊の好物ばかりだった。

「簡単なモンばっかだけどな」
 そう言って、藤崎が照れたように笑う。普段の強面が嘘のようにほどけるこの瞬間が、本当に心臓に悪い。何度見ても胸を締め付けられる
思いで、小鳥遊は藤崎に手をのばす。
「ありがと、ございます。すごくうれし」
 つっかえながら言って、耳のあたりをくすぐるように指をすべらせれば、藤崎の頬があわく朱に染まる。それをごまかすかのように藤崎は咳払いをし
「あとはこれ」
 テーブルの横に隠すように置いてあった箱を持ち上げる。海鼠腸と刈り穂の大吟醸だった。
「これ、お前好きだろ?」
「覚えててくれたんですか」
「当たり前だろ」
 当然のように言う藤崎を、小鳥遊が抱き寄せた。藤崎の手から落ちた箱が重い音を立てて床に転がる。
「ちょっ、あぶねぇ」
「ありがとうございます。ほんと、もう、嬉しすぎてどうにかなってしまいそうです」
「大袈裟すぎ」
 苦笑しつつ、藤崎の腕が小鳥遊の背を抱き返す。
「あのな、さっきは流しちまったけど、俺は頼み込まれたからお前と付き合ってるわけじゃないからな。ちゃんと小鳥遊が好きだし、
大事に思ってるんだから、それを否定するようなこと言うな」
「っ、はいっ」
 小鳥遊が涙目で、少し高い位置にある藤崎の目を見上げる。
「藤崎さん、大好きです」
「俺も、好きだよ」
 微笑んだ藤崎に、小鳥遊はたまらず、深く深く口づけた。