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甘えるのが苦手

アイツは人に甘えるのが苦手のようだ。
家庭の事情が複雑で、児童相談所に世話になったこともある。
何故そんなことを知っているかと言えば、俺が隣の家の住人だからだ。
隣の夫婦げんかは内容まで知っているし、物が倒れる音がしたと思うと
翌日あざの出来たアイツに会うという事は日常茶飯事だった。
通報があって一時保護が決まった時には、さすがのアイツも嫌そうだったので、
俺の家に来てもいいぞといったが無視された。
まあ、保護決定してるんだから来られる訳もなかったけど。
借金の督促もたくさんあった。郵便物がポストから溢れていた。
「親に死んで欲しい」と物騒な事をアイツが言っていたら、本当に事故で亡くなった。
自殺じゃないかと近所で噂になったが、自殺するような夫婦ではないという両親の火消しで
なんとか沈静化した。自殺するなら夜逃げだと俺も思う。そんなにしおらしい夫婦じゃないし。
アイツは冷静だった。学生なのに事務的にすべての物事をこなした。
葬儀も密葬で、知らないうちに全部終わっていた。
何か手伝える事はないかと聞いたが、すげなく断られた。
でも、一人で生活をしているアイツを心配して両親が強引に自宅に連れて来たのでホッとした。
うちの親はおせっかいで暑苦しいが、こういう時には便利だ。
長年のつきあいなのにはじめて家に来たお客さんのように他人行儀だったけど。
「お前さあ、家の手伝いなんかすんなよ」
「そういう訳にいかないだろ。世話になってるんだから」
「お袋にお前と比べられるから困る」
「そんなこと知らねえよ……。ま、いいや。俺、すぐに出てくし」
「え? え? そうなの? 家の買い手決まったの? いつ?
どこ行くの? もう引っ越し先決まったの? これからどーすんの?
金大丈夫なの? 一人で? 働くの? 連絡どーすればいいわけ?」
「いっぺんに聞かれても……」
「もう少しうちにいてもいいじゃんか」
「お前んちって、昔から苦手なんだよね」
「なんで?」
「なんか俺がいちゃいけないような気がする」
言葉につまった。そんなことはないと言いたかったけれど、
届かない気がした。
テレビからは芸人のハイテンションな声がしている。
「あのさあ」
「うん?」
「もう少し、こっちに寄りかかってもいいんじゃない?」
「なんでだよ。暑苦しいし、俺がヤダよ」
とアイツは俺から一歩遠のいた。
「そうじゃなくてさ」
「……気持ち悪。俺、もう寝る」
俺が言わんとすることは伝わっていたような気がするが、
無理矢理終わらされてしまった。
俺の部屋でアイツは胎児のように丸まって先に寝ていた。
凍えているようにも見えた。
俺は自分のベッドに横たわりながら、
「たまには甘えたって罰は当たらないぜ」
と隣の布団に寝ている奴に聞こえるように言ったけれど、
わざとらしい寝息をさせてアイツは目を覚まさなかった。