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空振りだけどそこがいい

彼の姿勢はあまりよくない。
後ろから見るとその背には緩やかな山ができている。肩を起点にして肩甲骨が峰。
肩をつかみ、その峰を両手の親指で押してやる。分厚い肩だがあっさり動き、山は谷になる。
でも手を離せばぐにゃりと元通り。くらげのようだ。
「何だ、どうした」
彼が微笑む。雑誌からは目を離さず、顔を俯けて。
眉の上、短い前髪がぱさりぱさりと揺れる。低い笑い声が耳に心地好い。
俺は答えず、もう一度彼の肩を開いた。
どうせなら肩を揉んでくれよ、と彼は身をよじったが、やがて気にしないことに決めたらしい。また黙々とページを繰りはじめた。
彼の部屋に来たときは大体いつもこんな感じだ。ふらっと立ち寄る俺に、気にせず自分の時間を過ごす彼。
大学の講義さえなければこうして二人で過ごすのは最早習慣になっていた。
だが、毎回俺が行こうか行くまいか散々悩み、彼恋しさのあまり足を運んでいることを彼は知らない。
ふとした拍子に不安になる。
この時間を心底望んでいるのはきっと俺だけだ。
無骨な横顔をぼんやり眺めながら、気がつけば口を開いていた。
「なあ」
「ん?」
「俺、この部屋に来てて大丈夫か?」
質問の意図がわからない。俺を見る彼の目はそう言っていた。
俺は何気ないふうを装いながら、渇く唇を湿らせた。
「俺がいつもいたら困ることもあるだろ。ほら、彼女とかさ」
言ってから心臓が常にない速さで脈打ちはじめた。
じゃあ遠慮してくれ。そうなんだ彼女ができたんだ。好きな奴がいる。いい加減鬱陶しい。悪い予想はいくらでも涌いて出た。
彼はじっと俺を見つめていた。
その視線の圧力に俺が目を逸らしかけたとき、小さく笑った。
「お前ならいい」
えっ、と声が漏れた。短い言葉には、何となく含みがあるように感じられた。
先ほどまでとは違う意味で鼓動が速くなっていく。
「どういう意味?」
「言葉どおりの意味」
さらりと口にされたその答えを聞いて顔が熱くなった。一瞬で脳が混乱しかける。
が、ふと冷静に考えて、肩の力が抜けた。
「ああ、そうか、なるほど、『親友』だもんな」
目の前の健全な男なら大方そんなところだろう。ふつう、男同士であんなことを『そういう』意味で言うまい。
赤くなった頬をごまかしたくて、親友、親友と言い聞かせるみたいに何度も呟いた。
こっちの気も知らないで、どこまでも掴み所がない奴。
だがそんなところもいいと思えるんだから、俺も相当こいつにやられているらしい。

そんなふうに俺はひとり物思いにふけっていた。
なので、彼が俺を見ながらため息を吐き、苦笑していたことになどこれっぽっちも気づいていなかった。