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無口無表情な受け

あいつはいつも長テーブルの端の席にかけて蕎麦を食べている。
他のみんなの話に相槌をうつでもなく、目線だけ流しながら黙って食べる。
せめて聞いているそぶりでも見せれば、閉じた本のように味気ないなどという
陰口をたたかれることもないだろうに。

食堂のテレビから保健所で処分を待つ犬たちのニュースが流れてくる。
「かわいそう、ほんとに信じられない」
「無責任だな」
おれの周りのやつらが昼食を口に運びながら言い合う。
だが、食べる手を止めて痛ましいニュースに心を傾けたのはあいつだけだ。
やはり無言で。
あいつは、口数も少なく無表情だが、無感情なわけではない。
あいつの心は、ふとした呼吸に、目線に、行動に、表れる。

「お前みたいな奴がなんであんなつまらないやつに構うの?」とよく言われる。
あいつはいつも図書館で専門書を相手に何時間でも座っている。
あいつが取り組む本を見て、あいつのようだといつも思う。
その文体は飾り気がなく硬いものだが、誠実で練られたものだ。読むたびに
新しい発見があるだろう。
表紙を見ただけで内容が分かるような週刊誌やみんなを楽しませるエンターテイメントではない。
だが、おれにとっては何より興味深いものだ。その価値を知っているのは、
おれだけでいい。

黙々と蕎麦を食べて続けているあいつを見る。どれだけ蕎麦が好きなんだろう。
次の週末はうまい信州そばを食べにあいつを誘ってみようか。
最初に飲みに誘ったときは即座に断られた。前々回のメシはほんのちょっとの間の後
断られた。
前回の蕎麦屋は少し目線を泳がせて考えた様子の後、やっぱり断られた。
あいつが返事に迷う時間が、だんだん長くなる。
そのうち気軽に俺の誘いにのってくれるようになるだろうか。
今回断られたとして、少しずつでも、あいつの関心がおれに向けられれば、
それでいい。