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「僕はゲイなんだ」

※多少、病んだ表現あり。

 まさに殺そうとしたその瞬間、背後のドアが蹴破られた。
 ドカドカと派手な音をたてながら、二人の屈強な男たちが部屋になだれこむ。
 あっという間もなく、男のひとりが僕を床に押さえつけ、ナイフを奪い取った。
 もうひとりの男は、僕が床に転がしていた少女を抱き起こして、縄をときはじめている。
 あっけなく、立場が逆転する。
 少女の拘束がはずれた。小柄で可憐な十代の女子高生。いつもは愛らしいその顔も、
今は醜く、くしゃくしゃに崩れている。さんざん泣き叫んだせいだ。
 廊下が騒がしい。息を切らせて誰かがやってくる気配。二秒もしないうちに、
せっぱつまった声をあげながら、何者かが部屋に飛び込んできた。
「――山野、無事かっ……!」
 ぞくりと背筋に走る悪寒。聞きなれた声。間違えようもない。なぜお前まで来た?
 僕の同僚、僕の後輩、僕の友人、僕の愛した……
「中村先生……!」
 あいつの姿を一目見るなり、彼女はいきなりかけだした。
 近づくんじゃねえよ、クソガキが……っ!
 だけど憎しみで人を殴れるはずもなく、ガキは僕の愛しい男に抱きついた。
「先生……先生……っ!」
「山野……大丈夫だ、もう大丈夫だから……」
 中村がきつく彼女を抱きしめる。かける言葉の優しさも、そそぐ眼差しの柔らかさも、
教師が生徒に対する態度にしては、いささか過剰だ。
 僕はその理由を知っている。じゃなきゃ、誰が好き好んで人殺しなんかするものか。
 死ね、ガキ! 生徒が教師に惚れんじゃねえよ! 中村、てめえもだ! 教え子に
手をだすんじゃねえ! 
「やはり、あなたでしたか、黒井先生……」
いつの間にか、部屋の人影が増えていた。さえない中年刑事、そう見た目で侮ったのが、
僕のそもそもの敗因か。這いつくばった僕の視線の先に、くたびれた皺だらけの皮靴が見える。
「佐藤絵里さん……三か月前、中村先生のお見合い相手を殺したのも、あなたですね?」
「はっ……!」
 それがどうした。なにが悪い。中村に近づく女だぞ。ああ、でも殺す順番は間違えたかな?
さきに胸糞悪いガキから始末するんだった。
 ……いつまで抱きついてんだよクソガキ! きったねえ体を中村から離せよ!
「黒井先生……」
 不意に中村が僕に声をかけた。複雑そうな顔をしていた。……信用してくれてたもんな、僕のこと。
 ここまで来たってことは、たぶん、お前はもう知ってんだろ? 隣の聡明な中年刑事から、なにもかも
聞かされたんだろ? お前だけには知られたくなかったけど、もうどうしようもない。
 僕は腹をくくった。どんな罵詈雑言も受けとめる覚悟だった。
「どうして、こんなことをしたんですか……?」
 ……は?
「なんで、こんなことをしたんですか! 俺はあなたに、なにかしましたか!
なにか気に障るようなことでも言いましたか! 自惚れ承知で言わせてもらいますが、
俺はあなたに信頼されてると思っていました! なのに、なぜ……っ!?」
 おい、まさか……
「答えて下さい! 黒井先生!」
 まだ、知らないのか……?
 ふと、隣を見れば、例のさえない刑事が、ああ、そういえばと今さらなにかに気がついた
ような顔をしていた。……っざけんなっ! 先に言っとけよこのクソ野郎!
 身体じゅうの血液が凍る。まばたきができない、目が痛い。
 刑事の顔が中村のほうへと、ふりむいた。
 やめろ。
「うあああああああっ!? やめろっ!? やめろっ!? やめろおおぉおっ!?
言うなっ!? 言うんじゃねえっ!? てめえらまとめてぶっ殺すぞ!?
やめてくれえええぇぇぇぇっ!? ――うごっ!?」
 力を振り絞って叫ぶ僕の口に、突然タオルのような布を詰め込まれた。舌を噛み切らせない
ためだろうが、冗談じゃない! 僕の命なんかどうだっていい!
 頼む! やめてくれ!? 僕が悪かった! 謝る! 土下座だってする! せめて中村の
いないところで話してくれ! 中村は普通の男なんだ! 禁断の恋だなんていいながらも、
ちゃんと異性に恋する男なんだ! 馬鹿正直に僕の秘密を話せば、どう思うかなんてわかるだろ!
 頼む! 頼む! やめてくれ! 誰もが僕の正体が暴かれたその瞬間に見せるあの目……
あんな目をした中村なんてみたくない!
 頼む! 中村、ガキを連れてってでもいいから、どこかに行ってくれ!
 僕は……僕は……!
「――ゲイなんだ」
「え?」
「彼はゲイなんです。あなたに惚れています。嫉妬ゆえの犯行なんです」
 氷がはるように、辺りの時が止まった。誰もなにも言わない。
 僕は唾液にまみれた布を吐きだした。だけど言いたいことはない。
 中村の瞳から光が消える。なにかの間違いかもしれない、そう最後の最後まで僕を信用して
くれた小さな光だ。
 ゆっくりと、中村は僕に視線を向けた。

「――冗談ですよね、黒井先生……?」

 化け物を見るような目だった。



 あるマンションの一室から、男の悲鳴があがった。
 おぞましい金切り声。狂い叫びながら、ひとりの男がベランダから飛び降りた。
 はるか先に、地面がある高さから……