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友人だからこその気持ち

外は暴風雨で、時折ではあるが、雷鳴さえ轟いている。これでは流石の戦闘機も飛ぶことはできまい。
アキヨシはその事実にほっとするでもなく、喜ぶでもなく、ただそれを事実として淡々と受け入れていた。
辞令は下った。明日は無理でも、明後日にはアキヨシは出撃しなくてはならないのだろう。
それを覆すことなどできはしない。十三の春に入隊をしたときから、アキヨシが国のために散ることは
決まっていたのだから。
そのために様々な技術を叩き込まれ、この食糧不足の世においても一日二回の食事を与えられていたような
ものなのだ。「飼われていた」という言葉が一番しっくり来るが、それでも飢えるでもなく親父に暴力を
振られるでもない環境は、アキヨシにとっては快適といって差支えがなかった。
アキヨシはコーヒーカップに並々と注がれた黒い液体を啜る。
深い苦味のあるそれに顔を顰めると、格好をつけて「ミルクはいい」と言い張った五分前の自分を呪った。
「雨、すげぇな」
荒れた空を窓越しに見上げ、それから背後の男を振り返った。
男はバッジをたくさん付けた軍服を着込んでいたが、その顔は妙に幼い。
それもそのはずだ、エリート街道を突き進み昇格を繰り返しているとはいえ、この男――、ハルナリは
アキヨシと同じ十七歳なのだ。
加えて、もう幾年も続いている世界的な食糧難だが、それはここ数年取り分け厳しく、軍人とはいえ
充分な食事を摂ることさえままならない状況なのだ。
本来ならば筋骨隆々としていなければならないはずの体が比較的細身に保たれるのも道理と言えよう。
「すまなかった」
ハルナリが、唇を噛み締め言う。涙を溜めた目でアキヨシを見つめると、もう一度「すまない」と言った。
「……なにがだよ」
「私が君にしてやれることは、何もない」
「当たり前だろ。お前はただ偉そうにしてりゃあいいんだよ。俺のことなんかで頭を悩ますな」
アキヨシは苦笑する。
ハルナリとアキヨシは、今まで真逆の人生を歩んできた。
ハルナリは親子四代に渡っての軍人であり、何不自由なく生きてきた。品も学もあり、苦労知らずのお坊ちゃまと
言う表現がしっくりくるような風体をしている。
かたやアキヨシといえば、飲んだくれの親父の暴力に耐えかね、逃げるようにして軍隊へと入隊したのだから、
そもそもの生まれからしてハルナリとは違っているのだ。
そんな二人だがアキヨシが入隊したことによって知り合い、どういうわけか馬が合ってそして友人になった。
アキヨシに出撃の辞令が下ったのは、昨日のこと。
夜に係りの者が部屋を訪れ、最後に食べたいものはないか、欲しいものはないか、
家族への連絡を望むか、と事務的に尋ねた。まるで囚人のようだ。
だからアキヨシはこうしてコーヒーを飲み友人と最後の団欒をすることを望んだわけだ。
家族への連絡は不要と断った。親父は居るが、どこでなにをしているのかもアキヨシにはわからなかったからだ。
「君に辞令が下ることは知っていた。だが、私には、なにも……なにもできなかった」
「お前に何かを望んだりなんかしてねぇよ。余計なことはなにもしなくていい」
「だが、私が父に掛け合えば……、」
「やめろよ!」
アキヨシは声を荒げ、そしてハルナリを睨んだ。
「やめろよ、お前のお情けで出撃命令を取り下げてもらってもな、俺は少しも嬉しくなんかねぇ」
ハルナリは目を見開き、アキヨシを見た。
「お情けだなんて……」
「そうだろ、俺は入隊してから、何人もの仲間が死ぬのを見たし、そういう話を聞いた。だけど
お前は俺以外の人間が出撃することになったとしても、上に掛け合おうとなんかしなかっただろ」
「それは……!」
「いいか、俺はお前と同等で居たい。同等の立場で居たい。身分も違う、階級も違うが、お前と
同等で居たいんだ。お前が俺の命を救う? それができたとしたら、それはお前が俺の上官で、
親父が立派で、俺よりもお前がエライからできんだよ。そんなことをされた時点で、
俺は、お前の友達ではなくなっちまうだろ」
アキヨシは肩で息をすると、椅子に崩れ落ちた。
暫くの沈黙が落ちる。
外では、雷鳴が鳴り響いている。
「私は……、私は……」
「俺はお前が好きだ」
ハルナリがはっとした顔をし、アキヨシを凝視した。
「この世で一番大事に友人だからな」
アキヨシの言葉に嘘はない。ハルナリは下士官であるハルナリに気さくに話しかけ、頻繁に遊びに誘い、
窮屈な軍隊生活を明るいものにした。ろくなことのない人生だったが、ハルナリと居る時間は、
それなりに楽しかったのだ。
ハルナリはノリのきいた軍服の袖で目元をこするとアキヨシに向き直った。
「知っている。君は私の――、」ハルナリは困ったように笑うと「友達だからな」と結んだ。
荒れた空をもう一度見る。それからハルナリに歩み寄り、その髪をかき回すように指先を突っ込んだ。
綺麗にまとめられた前髪が、無残に乱れた。
「武運を祈る」
「ああ――、大丈夫、戻ってくるさ」
戻ってきたものなど、ほとんど居ない。それをアキヨシはわかっていた。
ハルナリが敬礼をする。アキヨシもそれに応える。

もうすぐ明日がやってくる。