愛情不足

愛情が足りない、と言われたときは思わず、そのお綺麗な顔を殴りそうになった。余りの嫌悪感に。
足りないも何も、元からそんなもの、お前には持ち合わせていないとはなんとなく言えなくて、結局、ただ押し黙った。
愛情が足りないところで、どうだと言うのか。
愛情が足りない、と喚くアイツ自身、なるほど確かに自己愛は強いが、他人に対しては愛情どころか思いやりさえ微塵も無い。
自分のことを省みず、人をどうこう言うヤツに、俺の顔は自然と歪んだ。
「京ちゃんはさぁ、俺への愛情が足りてない。俺が何しても笑顔で許してくれるとか、俺が何も言わなくても肩揉んでくれるとかするくらい、俺を愛してよ」
「お前、人のこと言えた義理じゃねぇだろ。それ以前に、そんなん愛情じゃねぇ」
うんざりと呆れた口調で言ってやれば、かっこいいとか可愛いとか散々モテ囃される顔をヤツはムッと顰めた。
「俺はいいんだよ。愛される側の人間だから。俺の役割はみんなの愛を受け止めることだもん。でも京ちゃんは違うじゃん。京ちゃんの役割は俺を愛することだろ?なのに、愛情が足りないとかダメなんじゃない?」
俺に口を挟む余地も与えず、一息で言い切ったヤツのご自慢の顔面を、気づけば殴っていた。
殴った、と言ってもそんなに大袈裟なものではない。血も出ていなければ腫れてもいなくて、少しだけ赤くなっているくらいだ。
ヤツがギャアギャアと騒ぐほどのことではない。
「痛ェ!」
「お前、頭腐ってんじゃねぇの?ちょっと顔が良いからって、性格とオツムがそんなんじゃあ終わってんぞ」
「いいんだよ、京ちゃんよりモテるから」
図星には違いないが、否、図星だからこそ、ヤツの整った顔で言われると、これ以上になく苛立った。
拳を強く握り締め、先程とは反対の頬を、今度は倍の力で殴ってやる。
「いってェ!!京ちゃんこそ、すぐ手が出る癖直しなよ」
「うるせぇ、お前しか殴らねぇからいいんだよ!」
「ほら!俺にだけ!愛が無い!」
「これが俺の愛情表現だ!」
文句あるか、と息巻いて言えば、片頬だけを赤く腫らしたヤツが、ニンマリと嫌な笑みを浮かべた。
「そうかぁ、殴るのは京ちゃんの愛情表現で、京ちゃんは俺しか殴らないのかぁ、そうかそうか」
「…おいテメェ、何か勘違いしてねぇか」
「京ちゃんが俺を愛してくれてることもわかったことだし、愛を確かめ合いますか」
どういう意味だ、と問う間もなく、視界がグルリと回転したかと思うと、ヤツの笑顔と天井以外、何も映らなくなった。
フローリングの、ひんやりとした感触が、背中越しに伝わってくる。
「でも、DVは良くないと思うなぁ~」
「どの辺がドメスティックなんだよ!つぅか退け!」
ヤツを殴って退かそうにも、両手首を床に縫い止められているせいで、それは叶わない。
「俺の愛もたくさん示してあげるね」
ヤツに惚れている女が見たら、悲鳴を上げるであろう、蕩けるような笑みは、悔しくも見惚れるほど綺麗だったが、やっぱり殴ってやりたかった。


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最終更新:2011年09月30日 19:57