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好き好き×はいはい

教科準備室で赤ペン片手に黙々と答案用紙と向かい合って三十分。
頬に突き刺さる視線がいい加減むず痒くて堪らない。
「上村、俺は採点中なんだ」
机の横にしゃがみ込んだ視線の主は、俺と目が合うとにこっと笑った。
「大丈夫、先生の顔しか見てないから」
これである。俺は深々とため息を吐いた。
色々と問題があるが、一番の問題はこいつの頭のお花畑だ。
無視していると奴は頬を赤らめもじもじと俯いて机の端をいじりはじめた。
やめろ180センチを優に超えるお前が恥じらってもちっとも可愛くない。
「先生って何しても一生懸命で可愛いよなー」
おまけに口を開けば脳みそ垂れ流し状態なのだから、全く脱力するほかない。
「お前も男なんだから俺が可愛いなんて言われて喜ぶわけないのわかってるだろう」
何が悲しくて自分よりでかい男、しかも生徒に可愛いなどと言われなければいかんのだ。
「じゃあカッコイイ」
「男に言われてもカケラも嬉しくないな」
「キャーセンセーちょーカッコイイーマジイケメンーみたいなぁ?」
「やめろ気色悪い」
妙に尻上がりな裏声に鳥肌が立ち、上村の頭を一発はたいた。
だが懲りない上村は、先生の愛が痛い、などと言って長身をくねらせている。
上村がこんなふうに言ってくるようになったきっかけはわからない。
一年のときは全く接点はなかったし、今年も奴のクラスの英語を受け持つようになったくらいだ。
上村が言うには「劇的で運命的で瞬間ハートがドッキドキ」なことがあったらしいが、生憎聞き流していたので覚えていない。
「俺先生命って言うかもう先生の愛の奴隷だからさ、何でもするよ!」
「じゃあ差し当たってこのひどい点数をどうにかしてくれるかね」
べろんと眼前に奴の答案用紙を突き出してやる。
授業中にやるミニテストはその前の授業の範囲でしか出さないというのに見事にバツばかりだ。
「来年は受験だっつーのにどうすんだこれ。授業聞いてないの丸出しじゃないか」
「先生が好きだから先生ばっか見ちゃうんだー」
「嘘つけ、お前この間一時間ずっと寝てただろ」
ばれてたか、と目を泳がせる上村に俺は苦笑した。
上村はアホなことばかり言う、実際アホだがこう見えて苦学生らしい。
夜はいつもバイトに追われ、それも生活費と学費に消える、と。
不真面目な授業態度に憤っていた春頃、上村のクラスメイトがそう教えてくれた。
俺は答案用紙をくるりと巻き、上村の頭を叩いた。「お前ね、学生の本分は勉強なの。授業はちゃんと聞け。
どうしても寝ちまうならいつでも教えてやるから遠慮しないで聞きに来い」
英語は積み重ねだから一度つまづけばなし崩しにわからなくなる。
ミニテストでこの有様なら期末試験は推して知るべし。
せっかく自力で学費を稼いでまで学校に来ているのに、それではあまりに切ない。
と、俺が心配して言ってやるにも関わらず上村はぽやっと俺の顔を見つめてくる。
待て、何だ、何故目をキラキラさせている。
「俺、本当に先生好きだ……」
「はいはいありがとよ」
首を掻きながら答えたら睨まれる。
「先生はいつもはぐらかす。俺真剣なのに!」
「俺先生。お前生徒。何がどう間違ってもそれ以外言えません」
背中を向けて床にのの字を書きはじめた。
「くっそ、そういうつれない口ぶりも可愛い……でもムカつくから今夜は緊縛ブルマin体育倉庫だ」
何やら不穏な単語が聞こえるが上村の脳内に出演するのは俺であって俺でない。
聞かぬふりを貫いた。
「見てろ、今に押し倒してやるからな!」
「アホなこと大声で言うな!」
投げつけたペンは見事上村の頭に直撃した。
過激なことを言うのは俺に意識させようという魂胆だろうが、残念ながら俺はこれっぽっちも危機感を抱けない。
上村がそんなことできない優しい奴だって知ってるからな。
だから後一年辛抱してくれよ。
そしたら俺もだよって返してやるからさ。