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男前が恋に落ちる瞬間

まさか、自分がこんなことになるとは思わなかった。
「先輩、大丈夫ですか? これ飲んでください」
心配そうな表情の後輩が、ストローのささったスポーツドリンクのペットボトルを持ってきてくれた。
「悪い……」
普段は一気飲みすることもあるそれを、ストローでちびちびと飲む。
正直辛いが、一刻も早く熱中症を改善するには水分とミネラルの補給が不可欠だ。
中学の頃からずっとやっているんだから、暑さには慣れているはずなのだが。
油断大敵、といったところだろうか。
今や防具のかわりに冷たいタオルにくるまれて道場の片隅に寝かされ、後輩に世話をやかれている。
ああ、何たる失態。
「おい、タクシー来たから、今からちょっと動かすぞ」
「タクシー、ですか?」
「ああ。もうすぐ大会だからな、体を大事にしてもらわないと。念のため病院で見てもらえ」
熱中症ごときで病院! ばかばかしい。
だが、今の俺には抗議するだけの体力も気力もなかった。

「じゃあ、起こすぞ。お前も手伝ってくれ」
「いえ、先輩くらいなら僕1人で運べますよ。先生はお忙しいんですから、無理なさらないで下さい」
後輩はそう言うと、俺の体に両手をかけて、まるでリュックサックでも背負うかのように俺をおぶった。
言っちゃ何だが、俺はそこそこがたいもいいし背も高い。体重もそれなりに重い。
それなのに、この後輩はほっそりとした見た目のくせに軽々と俺を背中に乗せたのだ。
「お、うまいな」
「僕、専攻が介護なんで、人の運び方なんかは習ってるんです」
さすがに、先輩のように体格のいい人ははじめてですけどね。
そう言ったわりには、やや遅いということ以外は普段どおりの安定した歩き方だ。
「先生は、他の先輩方についていてください。もうすぐ大会ですし、先輩の付き添いは僕がしますよ」
「いいのか?」
「はい。僕は大会に出られるほどの腕前じゃありませんし、看護に関してもひととおり習ってます」
「そうか。じゃあ、頼んだぞ。病院についたら、連絡くれ」
「はい」
師範は後輩に一万円札を渡して、道場に戻った。
「じゃあ、行きますか。気分が悪くなったらすぐに僕に言ってくださいね」
「……ああ」
俺をかついで歩き出す後輩が、やけにかっこよく見えた。