キレると手がつけられない優等生

「キレる」。
この単語を聞いて真っ先に思い浮かぶ状況といえば、叫びながら暴れるとか、
誰かを殴る蹴るなどするとか、そういったものだろう。ニュースにも出るし。
が、ことこいつにおいてだけは、そのイメージはこれっぽっちも当てはまらない。
「な、なあ……今の、やりすぎじゃねぇ?」
「そう? 僕としては手加減しすぎたと思ってるんだけど」
にこにこと笑っているが、目がちっとも笑ってない。怖ぇ……。
沸点の低さで言えば、評論家いわくの「キレやすい若者」よりも低いんじゃないだろうか。
俺もどっちかといえば短気な方だが、こいつに比べりゃ温厚だ。俺が先にキレたことなんて一度もない。
そして、何よりも怖いのがこいつのキレ方。それは見事な笑顔で近づいて、逃げたり暴れたりしないように
両手を押さえつけて壁とかに拘束したら、怒涛の言葉責めが待っている。
お前の頭の中には罵倒専用プログラムでも入っているのか? と聞きたくなるくらい流暢で、
しかも何時間続けても同じ言い回しが一度たりとも出ないという恐怖の奔流!
何故か腕力が強いため大抵の相手は逃げることも殴ることもできず、時間とともに気力をなくして謝るのだが
こいつの気がすむか俺が止めるかするまでは何時間たっても解放されることはない。
一度でもアレをやられると、本気でトラウマになって二度とこいつに近づけなくなるという。
……そばで見てる俺も正直怖いが、逃げると何されるか分からない。
俺の最大の幸運にして不幸な点は、こいつが幼馴染で、しかも非常に気に入られているというところだ。
「だって、あいつ何て言ったと思う?」
「『どうして君が、こんな頭の悪い不良と付き合っているんだ?』だろ? 別に事実じゃん」
俺がバカで見た目不良なのも、こいつが一流大学だって狙える秀才なのも、どっちもゆるぎない事実だ。
「だからだよ。あの程度の馬鹿に僕の交友関係について口出しできる資格なんてこれっぽっちもないのに」
……俺の記憶が正しければ、さっき泣きながら逃げていったあいつもけっこう頭よかったはずなんですが。
と言うと今度は俺に矛先が向きそうなので、黙っておく。

「それでね、あんな奴を『けっこう頭よかったはず』だなんて評価している君にも怒ってるんだよ、僕は」
げ。読まれてた。
気が付くと、さっきまであの哀れな秀才君と同じように、俺は壁際に追い詰められていた。
ただし、両手を拘束される代わりに体の両側に手をつかれている。
……まあ、こいつ殴ったり逃げたりしたらどうなるか知ってるからやらないけどさ。
「な、なあ、先に謝るから本気で勘弁してくれないか」
「駄目」
即答したくせに、その言葉にしばらく考え込む。……もしや、脈アリ?
「すいません。何でもするんで勘弁してクダサイ」
「……まあ、その条件ならいいけど。本当に何でもいいんだよね」
「ももももちろん」
うなずいた後で、しまったと思う。……俺、もう小遣いほとんどないや。
これで何かおごれといわれて、しかもムリだと言った日には……!
「じゃあ、それで。ちょっと、目つぶってて」
青ざめる俺に構わず、奴は両手で俺の顔をしっかりとホールドした。……頭突きでもするのか?
あわてて目をつぶると、俺の頭がぐいと下に引き寄せられ、暖かいものが顔に近づき――
「!!!?」
驚いて目を開けると、間近に奴の顔があった。
えっ、ちょ、何コレ。
しばらくすると、気がすんだのか俺の頭が解放された。唇をまともに動かせるようになって、俺はあわてて叫んだ。
「何すんだよお前、いや何でもするっていったけどさ、コレはないだろ!」
「いいじゃないか、キスの1つくらい。またとないチャンスなんだから」
「はぁ!? 何で俺とキスするんだよ!?」
「好きだからだよ。前にも言ったじゃないか」
「聞いたよ! 友達としてって思うだろ普通!」
「やれやれ、頭が固いね」
奴は身をひるがえして、さっさと駅に向かって歩き出した。
「帰ろうか。今日は気分がいいから、駅前のファミレスで何かおごるよ。千円以内でね」
「気分がいいって、それさっきまでブチギレてた奴のセリフじゃねぇだろ!」
精一杯に抗議しながらも、俺はあわててその背中を追いかける。
ここで逆らってキレられるよりも、素直におごられた方が絶対にいいに決まっている。


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最終更新:2011年06月25日 20:20